Vol.8|神奈川県川崎市 高願寺にて、月夜に虫たちとうたう
首都圏在住の方にぜひお参りしてみていただきたいお寺があります。神奈川県川崎市中原区にある、高願寺という浄土真宗本願寺派のお寺。武蔵小杉駅から車で5分、徒歩でも20分という立地で、気候の良い春や秋に二ヶ領用水沿いを歩けば、お寺まで気持ちの良い散歩コースになります。(特に春先は桜が綺麗)
高願寺のある辺りは住宅街ながら、境内には様々な植物が生い茂り、ちょっとした静けさの場所になっています。門がなく開かれているため、犬の散歩や生活動線として通り抜ける人もいます。近くで働いている人たちがどこからともなく集まり一服している姿も見えますが、高願寺を訪れる大体の人は本堂の前で手をあわせていかれるのです。

高願寺の本堂
また、高願寺がおこなっている「おとりよせ市場」という企画では、高願寺の宮本義宣住職が各地の寺院とのネットワークを活かし、お寺の檀家さんが作っておられる農作物や、新鮮な海の幸をまとめてお取り寄せ。お取り寄せ費用と送料を、食べてみたいという希望者の人数で割って、代金と引き換えにお渡しするという取り組みです。「旬のもの」「各地の名産品」を、地域の皆さんにも食べてみてほしいという、宮本住職の思いでおこなわれています。
月夜のお寺の音楽会
そんな宮本住職の、もう一つの地域貢献の思いがあらわれている企画として、毎年行われているのが「高願寺十三夜(十五夜)音楽会」です。
十三夜または十五夜に近い土曜日の月夜、各国の民族楽器の奏者をお寺にお招きして、演奏していただいています。入場料は無料、予約などもなくどなたでもご参加できるため、お檀家さんだけではなく、地域の方々にも親しまれています。
これまでは境内の特設ステージで馬頭琴や二胡の調べが響いたり、古民家を移築した「至心学舎(ししんがくしゃ)」という建物の中で、ビルマの竪琴奏者やジャズのセクステット(ボーカルは二階堂和美さん!)が演奏したこともありました。

2018年の高願寺での音楽会
台風やコロナで数年間お休みの年もあったのですが、昨年2023年に復活。コロナ期間中に移築された宮家の建物「幽篁堂(ゆうこうどう)」にて、琵琶と尺八による幽玄な音楽が奏でられました。

2023年の高願寺での音楽会
月夜の晩にお寺の様々な場所で、世界各国の音楽が鳴らされる「非日常の音景色」どれもすごく素敵でした。
演奏がはじまるまで
2024年の出演者を検討する中で、箏の今西紅雪(こうせつ)さんを推薦しました。過去に別のお寺の音楽会にご出演いただいた時は、アルゼンチンのギタリスト フェルナンド・カブサッキさんとのセッションが、なんともお寺にあう演奏だったからです。今西さんが「幽篁堂」にてお箏を演奏なさっている姿が、すぐに浮かびました。

お寺の音楽会 誰そ彼 Vol.34@神谷町 光明寺
今回は客層を考えると、耳馴染みのあるメロディも織り交ぜていただきたいとリクエストを出させていただきました。すると今西さんが、ボーカルの行川さをりさんと、ピアノの岡野勇仁さんにお声がけくださり、トリオでのライブということになりました。
そして箏の古典だけでなくジャズやブラジル音楽、民謡までバリエーション豊かなセットリストを用意してくれました。
当日は晴天に恵まれ、10月とはいえ昼間は半袖でもいられるくらいの陽気でした。日中はたくさんの鳥の声が聞こえていました。日が沈む頃になると、鳥の群れが去っていく様子が見え、境内の音景色は一転して虫たちの声に染まっていきます。

Photo: Carlos Nakajima
徐々に人が集まりはじめ、あっという間に席が埋まり、月夜のコンサートが始まりました。
今西さんには事前に録音の承諾をいただいていました。高願寺の音楽会の「音景色」を録音するわけですから、敢えて客席のすぐ近くの場所を選びました。
虫の声が聞こえてきそうな草むらの低い位置にマイクをセットします。

この辺りにマイクを設置
夜風、虫の声、人の気配
箏は曲と曲の合間に調弦が必要となるため、メンバーの行川さんと岡野さんがおしゃべりをして繋ぎます。その時間がなんともいい。秋の夜風の涼しさや、虫の声、お客さんたちがひそひそと話す柔らかい声。演奏と演奏の合間にも、この場ならではの音景色が立ち現れていると感じます。

左から、岡野さん、今西さん、行川さん (Photo: Carlos Nakajima)
休憩を挟んで、第2部の2曲目には民謡の「炭坑節」が演奏されました。盆踊りなどでもお馴染みの「月が でたでた 月が でた」のあの曲です。みんなで手拍子をして掛け声を発声して、なんとも楽しい時間。観客の皆さんの顔が明るく笑顔になっていきます。
日本人なら共通して知っている、季節感のある風流な文化。お寺の境内で実感できることを嬉しく思います。
続いて、“お寺にゆかりのある曲” として「山越えの阿弥陀」という楽曲が紹介されました。北海道在住の高橋 “チャーリー” 裕さんという音楽家が、モンゴル民謡に日本語の歌詞をつけて歌っているという曲。歌詞はこんな感じです。
海の道山の道
弥陀の大悲のありがたさ
この浦舟に帆をあげて
ゆく春や魚の目は泪
旅ゆけば茶の香り
弥陀の恵みは遍くよ
伏し拝みつつもながむれば
西方浄土の道はるか限りある身にくらぶれば
群れ咲く野菊のたおやかさ
もう二度と会えぬ面影は
四海波静かたゆたうよ海の道山の道
弥陀の大悲のありがたさ
この浦舟に帆を上げて
ゆく春や魚の目は泪
西方浄土の道はるか
「山越えの阿弥陀」(詞 高橋 “チャーリー” 裕/モンゴル民謡)
歌詞がすごくいい。チャーリーさんの仏教に対する思いや文学への造詣の深さも感じられ、さらにはその詩情というか、モンゴル民謡に漂う郷愁感も漂ってきます。演奏も曲の雰囲気とばっちりと似合っていて、ボーカルも感動的。
なんだか虫たちも一緒に歌っているような気がしてきて、うっとりと月夜の音景色に浸りました。
この環境で聞けたからこそ、その歌詞の中身に感じることが大いにあったのではないでしょうか。場と人を意識して、選曲・演奏をしてくださったお三方に大きく感謝します。

Photo: Carlos Nakajima
山越えの阿弥陀
山越えの阿弥陀といえば「山越阿弥陀図」を有する京都の永観堂 禅林寺にて昨年行われた限定夜間拝観「Pure Land Lights」を思い出します。この連載でも取り上げましたが、山の上に阿弥陀様のお姿が投影され、歓声があがったことが印象的でした。

2023年秋、京都・永観堂にて
お寺という場の持つ申請な空気感や歴史的意義を大切にしながら、こうやってたくさんの人が集まる場づくりを、音楽を中心に据えて行なうことはとてもありがたいこと。
音楽のためのホールやライブハウスとはまた違った、独特の音景色が広がるのです。