⚪︎⚪︎寺 探訪 Vol.1 「貸別荘寺」の大慶寺(静岡県藤枝市)
DKGへようこそ!
東海道五十三次のうち、品川宿から数えて22番目の宿場町、藤枝。旧東海道沿いに、こんな看板が出ています。

「D(誰でも)K(気軽に)G(ご覧あれ)日蓮宗 円妙山 大慶寺」
大・慶・寺の頭文字をとって、DKG(ディー・ケー・ジー)誰でも 気軽に ご覧あれ。思わず口に出したくなるような、キャッチーなフレーズに自然と笑顔になります。
看板を詳しく参照すると、日蓮宗の総本山である身延山の直系のお寺であり、さらには日連聖人が立ち寄ったという霊場でもあり、2025年の大河ドラマ「べらぼう」でフィーチャーされている田沼意次公の名前も見え、歴史や由緒も兼ね備えたお寺であることがわかります。
看板付近に駐車をしてお寺のあるほうに目を向けると、大きな大きな松の樹が視界に飛び込んできます。

樹齢750余年、日蓮聖人が植えられたとされるこの見事な黒松は静岡県の天然記念物に指定されており、2020年には日本遺産の構成文化財に認定されたそう。まさに藤枝宿のランドマークです。
この「久遠の松」は観光で見に来られる方も多いそうですが、大慶寺のホスピタリティの精神は「誰でも 気軽に ご覧あれ」ですから、随所の「滞在しやすい工夫」が目につきます。
まずは至る所に配されたいくつものベンチ!

誰でも利用しやすい雰囲気の、きれいなお手洗い!!

そして、本堂入ってすぐ横には「靴のまま入れる休憩所」があり、セルフ式の「賽銭喫茶」となっています。

これらの工夫を手がけているのは、大慶寺の現在の住職をつとめる大場唯央(ゆいおう)さんです。笑顔で出迎えてくれました。

大場さんとは知り合って9年くらいになりますが、お寺におけるベンチの重要性を常々言っておられました。今回初めて大慶寺を訪れてみて、本当にベンチがたくさん置かれていることに感動。
「靴のまま入れる休憩所」についても ”靴を脱がなくても良いことがお寺にあがるハードルを下げる” という大場さんの持論のあらわれです。
住職の思想がお寺に体現されていることを感じるのは「お寺探訪」の大きな楽しみの一つです。
境内に建設中の謎の建物
「まずはこちらから見てください」
大場さんに案内されたのは、本堂向かって右手前にて建築中の一棟の建物です。


2階建てのしっかりとした造りで、ファミリーで住むにも十分過ぎるくらいの広さ。パッと見では「住職家族が住む庫裡(くり)なのかな?」と、思う方がほとんどでしょう。
しかし違います。これは大慶寺の「貸別荘」として、宿泊目的で使用される予定の建物なのです。
2024年には貸別荘を建てるためのクラウドファンディングも行いました。そのクラウドファンディングだけでは到底賄えないほどの予算を投じて、境内に貸別荘を建設しています。
なぜそこまでして、大慶寺が「貸別荘寺」を目指すのか?大場さんのこれまでの活動を振り返りながら、紐解いてみましょう。
「蓮華寺池公園」周辺のエリア・リノベーション
大場さんは大学時代を東京で過ごし、ゆくゆくは大慶寺の住職となるために藤枝へと戻ってきました。戻ってきてから、どうしても東京と藤枝を比べてしまったり、大学仲間のその後の状況と自分を比べてしまう、、、しかし寺の子に生まれて継ぐと決めたからには、藤枝以外に暮らすという選択肢はない。それならば「いま、ここ浄土」となるように、この街を自分が大好きになるように活動をしていこう。そしてどんどん「地元肯定感」を高めよう!そう思ったのです。
2013年に地元仲間たちと一緒にオーガニックマーケットを定期開催するところから活動が始まりました。朝7時から11時までの開催で、地域の人々の交流や健康志向の高い層の集客に成功します。

開催場所である「蓮華寺池公園」エリアは、大慶寺から徒歩10分とかからない場所。元々、地元民は「財布を持って行かない場所」でしたが、珈琲店やシェアキッチンや雑貨店など10年間で24店舗が増えて、ちゃんとお金の巡りの生まれるエリアになりました。蓮華寺池公園周辺のエリアリノベーションには、大場さんが仲間たちと運営する一般社団法人SACLABO(サクラボ)が大きく関わっています。


ここまで積極的に「まちづくり」を推進しているお坊さんは全国的にみても珍しいと感じます。そんな役割について、現代の「開発僧(かいほつそう)」であると説明されています。

「Development」という意味での開発(かいはつ)はインフラや資本を投入し、地域資源を消費しながら稼ぐ短期的な投資回収型のイメージ。一方、開発(かいほつ)は英語で表すならば「Cultivation」。人々の関係性や文化の醸成、地域資源の活用を重視し、長期的な価値醸成を目指すもの。
かいほつこそが、まちづくり法人において大場さんが担う役割ということです。どちらかだけでは成り立たないですし、両者が絶妙なバランスで存在することが、よきまちづくりに繋がっていくのでしょう。
蓮華寺池公園エリアの抱える課題

蓮華寺池公園エリアも散策させてもらい、大場さんと仲間たちがこれまで手がけて来られた様々な事業が実を結んでいることを確認しました。
しかし順調そうに見える蓮華寺池公園エリアの発展にも、とある課題がありました。それは「夜間人口が少ない」ということです。宿泊施設がなく、せっかくの「朝ラー」文化(藤枝では朝にラーメンを食べる文化があります)も、蓮華寺池公園エリア周辺では味わってもらうことができません。確かに宿泊ができたら、蓮華寺池公園エリアではさらに多様なお店が広がり、地域の魅力も向上するでしょう。
「では、大慶寺に宿泊施設を作ろう!」という狙いで「貸別荘寺」を目指すことにしたのでしょうか?もちろん、それも一因としてはありますが、それなら「宿坊寺」でよかったはずです。その方がお寺のイメージとも結びつきやすい。でもなぜあえて「貸別荘」なのか?その理由は大慶寺の内部環境に依存した一つの課題の合理的解決策にありました。
貸別荘寺の種明かし
話は江戸時代まで遡ります。藤枝にあった田中城の菩提寺だったという大慶寺の当時の檀家さんは主にお侍さんたちでした。江戸から明治に変わる時に田中城の城主が千葉・館山に移動となり、お侍さんたちもごっそりついていったそうなのです。その中でも大慶寺にお墓を残していってくれた家もあり、明治初期から「県外檀家が全檀家の15%を占める」ということが大慶寺の内部環境の一つの大きな特徴になっています。
遠方の檀家さんとはコミュニケーションが疎遠になりやすいので、大慶寺では毎月「法話箋」というはがきを全檀家とその下の世代、檀家でない人にも送付して関係性を維持しています。

しかし県外檀家は今後も増えていくだろうと、大場さんは感じています。名古屋や東京に働きに出た孫世代がそちらで所帯を持ち、祖父母や親が亡くなった後に藤枝の実家は無くしてしまう。そのようなケースも少なくないようです。
その場合、お墓も引っ越してしまうのですが、最近ではそうでもなくお墓は大慶寺に残したままにする檀家さんが増えているという肌感覚もあるそうです。
昔は家を引っ越すと、お墓も一緒に移すのがあたりまえでした。「住む場所=お墓のある場所(住墓同一)」であれば、お参りは行事ではなく暮らしの一部となり、自然に手を合わせる機会も増えます。
一方、現代ではライフスタイルの変化に伴い「住墓分離」の傾向が強まってきていると、大場さんはみています。お墓参りは日常から離れますが、都市生活に柔軟に対応でき、家族が別々に住んでいても共通の「帰る場所」がある。
そこに「お寺が別荘としての価値」を持つと、定住しなくても年に一度は帰る場所となり、ご先祖と向き合う旅が生まれます。宿泊を通じて、家族で過ごす時間や場所の記憶が継承されていくことにつながります。
一見、宿泊棟を建設する「ハードの取り組み」のように思えますが、実は祈りやつながりを支えるための「ソフトの取り組み」であると、大場さんは考えています。
「貸別荘寺」を志す、大慶寺の真意はそこにあります。
お寺のコモンズとしての貸別荘

大場さんはこんなことも言っていました。
“大慶寺では色々なイベントを行なっていて、誰でも来られる、地域に開いているお寺のイメージを持ってもらえているんです。でも今後はもう少し「閉じて」いこうかな、なんて最近思ってます。”

昨今「公共の場」には2種類あると言われています。不特定多数の人が自由に利用できる、例えば行政が運営する施設などの「Public」な場。これに対して特定複数の人が利用する、自分たちで作る公共の概念を「Commons」と呼んだりします。
お寺はコモンズ的な場所なのではないか?大場さんにはそういう思いもあり、新しく作る貸別荘もまずはお寺のお檀家さんをメインターゲットとしながら、お寺に縁のある特定複数の人たちが利用しやすい仕組みになっていくようです。
開いているけど、少し閉じている。お寺のコモンズとしての貸別荘の完成によって、大慶寺にどんな変化が齎されるのか、これからが楽しみですね!
