古くて新しいお寺のあり方を考える – 横山瑞法の別に危なくない法話 vol.17 –

古くて新しいお寺のあり方を考える – 横山瑞法の別に危なくない法話 vol.17 –

古くて新しいお寺のあり方を考える

ここのところ、お寺と町の関係性について、あらためて調べたり考えたりしています。

世界中を見渡しても、宗教施設とまちの間には、切っても切れない深い関係があるのだと思います。

まちと寺、どちらが先か

「卵が先か、鶏が先か」ではありませんが、お寺とまちの関係には大きく2つのパターンがあるように思います。

一つは、例えば宗教的な聖地であるとか、人を集める力がある場所にお寺が建ち、その強い「引力」に引き寄せられるようにして周囲に町が形成されていくパターン。

もう一つは、交通の要衝や市場など、人が自然と集まり住むようになった場所に、人々の求めに応じてお寺が建立されるパターンです。

どちらの成り立ちであれ、確かなことは「お寺(宗教施設)には人を引き付ける引力があった」ということです。そしてその引力は、形を変えながらも今現在も確かに存在しているはずです。

もちろん、個々のお寺によってその力の大小に差はありますが、現代において、この「お寺が持つ引力」についてもう一度考え直してみることは、とても大切なことではないでしょうか。

「日本のお寺二階建て論」で整理

お寺の持つ「引力」の中身を整理する上で、松本紹圭さんが提唱されている「日本のお寺二階建て論」という考え方が非常にしっくりきます。これは日本のお寺の構造を、二つの階層に分けて捉える視点です。

「一階部分」は、お墓や葬儀や法事、つまりご先祖様のご供養としての機能です。

「二階部分」は、坐禅、写経、法話といった仏道の部分、歴史を感じる聖なる空間としての寺院や仏教的な体験やコンテンツとしての機能です。

今の日本のお寺、特に多くの一般寺院(檀家寺)においては、この一階部分(お墓・供養)の引力がものすごく強い状態で維持されてきました。

一方で、京都や奈良の寺院に行けば、そこには二階部分(仏像や歴史的空間、空気感)の引力が強く働いています。

それに対して近代の日本の寺の多くは、地域の中にあり、檀家さんとのお付き合いの中で供養を中心(一階部分)に護持してきました。しかし、社会は多様化し「地方衰退」「東京一極集中」といった大きなイシューだけでは語りきれない現実が、個々のお寺の目の前に広がっています。

「消滅可能性都市」と呼ばれる地域の中にも人が集まるスポットはありますし、東京都内であっても、23区内とそれ以外は違いますし、場所によっては過疎に近いようなエリアもあります。

マクロな動きを知ることは重要ですが、それ以上に「自分のお寺が置かれている個別の状況」を具体的に見つめ直さなければならない時代に来ていると感じています。

 

御堂筋のど真ん中、三津寺(みつてら)

そんな「個別具体的」な生存戦略の例として、先日訪れた大阪・心斎橋の「三津寺(みつてら)」さんの事例をご紹介します。

場所は大阪の目抜き通り、御堂筋沿いです。関東の方には伝わりにくいかもしれませんが、東京で言えば表参道や銀座のど真ん中のような場所です。すぐ近くにはルイ・ヴィトンやグッチといったラグジュアリーブランドが立ち並び、道を挟んだ向かいには巨大なApple Storeがある。おそらく大阪でも有数の、地価が高いエリアでしょう。

三津寺は、まさに「人が自然と集まる場所」に位置しています。かつての交通の要衝、市場、そして現代の商業の中心地。お寺が建った当初から人が集まる場所であり、時代とともにその「集まり方」が変化してきた場所とも言えます。

そんな場所にある三津寺さんが選んだのは、境内の土地活用による大胆な再開発でした。現在、境内地には「カンデオホテルズ大阪心斎橋」というホテルが建ち、商業施設としてヨガウェアの「ルルレモン」が入っています。そして、その建物の1階部分に、曳家で移動した三津寺の本堂がそのまま残る形で組み込まれており、建物を区分所有する形で庫裡と客殿があります。

ここで私が重要だと感じたポイントは、土地を売却したのではなく、「定期借地権」を設定したという点です。公開情報を見る限り、50年という期間を定めて土地を貸し出し、50年後には更地にしてお寺に戻す契約になっているようです。

売却によって短期的な利益を求めることなく、長期で土地を保有し続けることは、お寺にとって大切な視点だと思っています。なぜなら、長くそのエリアに対して責任感を持って寺院経営をする姿勢が大切だと考えるからです。

建物(ホテルや店舗部分、そして本堂の躯体の一部など)は開発会社である東京建物が所有し、テナントからの賃料を得る。お寺側は土地を手放さずに守りながら、本堂の維持管理や護持に必要な収益を確保し、かつ見た目としてもまちの中に溶け込みながらも、お寺の本堂というフックの効いた外観も残しています。

 

人が集まる場所で「ここにお寺がある意味」を作る

三津寺の再開発で特筆すべきは、単なる不動産活用に留まらず、「この場所にお寺がある意味」を問い直し、作り直そうとしている点だと感じます。

ショッピングや観光で訪れる多くの人々、ホテルに宿泊するビジネスパーソンや旅行者。かつての檀家さんとは異なる、新しい形で「この場所に集まる人々」に対して、お寺がどのような存在であり得るのか。都市の真ん中で、現代の人々の暮らしや動きの中に寺院空間がある、という新しい関係性を模索しているように見えます。

実際、三津寺では法話会や坐禅会などの活動も行われており、街を行き交う人々が気軽に立ち寄れる場所としての機能も担っています。ラグジュアリーブランドに囲まれた都会のど真ん中で、ふと立ち止まって静けさを感じられる空間。これは「二階建て論」でいうところの「二階部分(仏道・体験)」の引力を、現代の都市空間の中で再構築しようとする試みとも言えるでしょう。

東京でも六本木ヒルズの中にお寺が入っていたり、京都でもホテル一体型の寺院ができていますが、このようなケースは、都市部の「一等地」に土地を持つ宗教法人が、その資産をどう有効活用し、次世代へ継承していくかという、一つのあり方だと感じました。

そして、このようなケースは周辺地価が高いため周りに檀家さんが住まなくなっていることもあり、「なぜこの場所にあるのか」という意味と強烈に向き合わなければならないという面もあるように思います。

 

「都会はいいな」では済まされないプレッシャー

地方のお寺の方からすれば、「都会のお寺は土地が高く売れたり貸せたりしていいな」と羨む声も聞こえてきそうです。しかし、物事はそう単純ではありません。

こういった大規模開発を行うということは、海千山千の不動産開発のプロたち、百戦錬磨のビジネスマンと対等に渡り合わなければならないということです。お寺の尊厳を守り、50年後にちゃんと土地が戻ってくるような、こちらにとっても持続可能で有利な契約を結ぶ。そこにかかるプレッシャーや労力は並大抵のものではありません。

さらに、都市の真ん中という「人が集まる場所」にあるからこそ、従来の檀家寺としての一階部分だけでは、お寺の存在意義を示しきれない難しさもあります。周りを行き交う無数の人々に対して、お寺がどんな意味を持ち得るのか。その答えを、活動として実践していかなければならないのです。都会のお寺には都会なりの、とてつもない悩みや大変さがあるのです。

 

地方寺院の可能性:場所の特性を活かす

一方で、地方の過疎地域、いわゆる限界集落のような場所にあるお寺はどうでしょうか。檀家さんが数軒ほどしかいない、そんな状況もあるでしょう。合併や解散といった厳しい選択肢も現実味を帯びてきます。

しかし、見方を変えれば、その「静けさ」や「人里離れた環境」こそが、現代人にとっての贅沢な価値になることもあります。山の中の宿坊でデジタルデトックスをしたい、静かに自分と向き合いたいというニーズに対し、そのお寺の「弱み」だと思っていた部分が、最大の「魅力」に変わる可能性だってあるのです。

ここでも大切なのは「その場所にお寺がある意味」を考えることです。都会とは違う形で、その場所に訪れる人々に対して、何を提供できるのか。静寂、自然、歴史、あるいは地域の文化。それぞれの場所の特性を活かした「お寺の引力」の作り方があるはずです。もちろん簡単な話ではないことも重々承知しています。

 

それぞれの場所で、それぞれの答えを

AIやテクノロジーが進化し、個人では不可能だったことができるようになり、ネットを使えばどこにいても世界に向けて情報は発信できます。

「都会だから」「田舎だから」というステレオタイプで思考停止するのではなく、それぞれの場所にある課題と資源を正しく見つめ、腐らずに、自分たちなりの答えを出していくしかありません。

三津寺のように人が集まる都市の中心で、現代の人々に向けた新しいお寺の意味を作り出す道もあれば、静かな山里で、訪れる人に特別な体験を提供する道もある。正解は一つではないのです。

 

まちとお寺は「運命共同体」

歴史を紐解けば、お寺は町の中心にありました。今こそ、お坊さんはもう一度「まちづくり」を自分ごととして考えるべき時ではないかと思うのです。

お寺だけが独り勝ちして良くなる、ということはあり得ません。仮に一時的にお寺の経営が潤ったとしても、周りの町が衰退してしまえば、10年、20年先には立ち行かなくなるでしょう。逆に、町が活気を取り戻せば、後からお寺が必要とされ、再興していくというパターンも十分にあり得ます。

お寺と町は、いわば運命共同体です。自分の寺の塀の中のことだけを考えるのではなく、周りのエリア、このまちがどうなれば人々が幸せか。その中で、お寺という場所がどう機能できるか。

「その場所にお寺がある意味」をお寺の活動として作り出していく。そういった広い視点で、地域と共に未来を描いていくことが、これからの時代、古くて新しいお寺の在り方として大切なことなのではないかと思います。