お祈りグッズ:十字架のネックレス、サリー、お数珠
[お数珠との出会い]
外国に住んでいた小さな頃、まわりの友達がキラキラ光る綺麗な十字架のネックレスをしていて、こういうネックレスをすると、お姫様みたいに綺麗になり友達の輪に入れると思っていた。
ならば私も!と母にねだったことがある。うちの母にしてはとても珍しく即オッケーがでたのだ。
数日後、母親から改まって声をかけられ、プレゼントの箱を受け取った。ワクワクしながら開けてみると…
ネックレスではなく、それは山サンゴのお数珠だった…。
この時、母から暗に3つのことを教えられた。
十字架ではなく、お数珠らしい
物事に期待しすぎてはいけない
いじめにあったら自力でのり越えろ
である。
(略式数珠 撮影:©makouFUJISHITA)
[さまざまな宗教グッズ]
キリスト教の十字架のネックレスしかり、ユダヤ教のキッパーや超正統派の黒スーツとハット(また彼らの髪型はカッコイイ)や女性の黒装飾(中身は豪華らしい、見たことはないが)しかり、みんな思い入れのあるお祈りグッズを身につけている。
仲の良いイスラム教のお友達がいつも綺麗なサリーをしているので、これまた欲しくなったのである。
だが、もう大人なので、買うほど欲しいのか吟味する必要がある。毎日つけて大変じゃない?何枚持っているの?ずれてこない?などあれこれを考えねばならない。
イスラム教なので、サリーの意味は髪を隠すのが決まりだからである。
大変かと思いきや、意外にも利便性にも長けているらしい。
寝癖がついていても隠せ、出かける準備の時間が省けるらしい、確かに!しかも、髪型だと1-2か月同じになってしまうが、サリーだと色々な柄に変えられるから、ファッショナブルにもなる、なるほどである。
また、ピンで固定するのでずれないし、髪の毛が顔にくっついてしまうこともないので、良いらしい。
こうして、私にサリーのブームがやってきたのである。サリー巻ではないが(サリー巻をしているとレストランとか公共の場で気を使われることがある)、しばらくの間スカーフに凝っていた。
このブームの最中、イスラム教のサリーは利便性に長けているが、仏教のお数珠はどうだろうと、ふんわり考えていたように思う。
[お数珠にも種類がある]
結婚の際、母から相手さんの宗教と宗派をしつこく聞かれた。宗教が違えば反対されるのか?と思っていたが、仏教で臨済宗らしいと返答した後、反対もされないし、それについての音沙汰もなかった。
結婚式当日、改まって贈り物があると箱を渡された。
えっ、忘れもしないあの時の感覚!
やはり、お数珠であった。
が、見たことのない形のお数珠であった。
(臨済宗数珠 撮影:©makouFUJISHITA)
この時、初めてお数珠には種類があり、持ち方もさまざまであることを知った。
また、持ち方も実家の宗派である浄土真宗の両手にかけるのとは違い、臨済宗のお数珠は108玉で、2重にして片手に持ち、手を合わせる。
結婚式当日は余裕もなく、違う形だと感心しただけで、持ち方が違うという知識もなく浄土真宗の持ち方をしていた。
後日、母に持ち方も違うらしいね、恥をかいたかも、と話したら「そぅなの、違うのよ」と。
母よ、結婚式前に説明がほしかったよ…
相手がキリスト教であったら、小さな頃に夢みた十字架のネックレスだったのだろう。
ちなみに京都の臨済宗高台寺で結婚式を挙げると、高台寺オリジナルのお数珠がいただける、限定感がなんだか嬉しい。
(高台寺オリジナル略式数珠 撮影:©makouFUJISHITA)
[山梨県といえば! その1]
山梨県に移り住み、日蓮宗総本山が身延山の久遠寺であると聞き、行ってみた。
久遠寺が美しかったのは然ることながら、日蓮宗のお数珠がオシャレだった。
これはコラムでとりあげたいと思い、身延山久遠寺大荒行堂御指定、梅屋瑞光堂の遠藤さんにインタビューさせていただいた。
まずは、各宗派のお数珠の種類。
形も持ち方もほぼ違う。
(梅屋瑞光堂 各宗派の数珠 撮影:©makouFUJISHITA)
各宗派が独自の形を持っている、このほかにも様々な形式が存在している。八宗と書かれているものが、宗派を問わない形式である。
また、私が初めて母にもらったのも、略式数珠と呼ばれており、これも宗派を問わない形式である。
やはり、思った通り、他宗派と比較すると日蓮宗のお数珠はかなり凝っている。
取材をさせていただくにあたって、ネットであらかじめ予習をしたものの、ネットにはなかった情報がいきなりきた。
(梅屋瑞光堂 日蓮宗の数珠 撮影:©makouFUJISHITA)
日蓮宗のお数珠のフォームは『叶』の文字になるのである。
大きな輪の玉の数は108個あり煩悩の数あり日蓮宗では一つ一つの玉に名前があった。
(梅屋瑞光堂 資料)
資料右側の3つの房の1つが ‘数取り’といって、10個の玉がついている。
この10個の玉で数えながら法華経「南無妙法蓮華経」を10回唱え祈ると、願いが叶うとされている。
そして、なるほどと思ったのが、葬儀の時である。
棺に入った亡くなられた方もお数珠をするのだが、この時10個の玉(数取りの部分)をカットして、お見送りするらしい。
故人は10回法華経を唱えられないし、過去に唱えられてきたのでご浄土、キリスト教でいうところの天国に行かれるからである。
(この風習は地域や宗派によって異なりがある)
カワイイとか綺麗とか、お数珠はお祈りするための装飾品とただ思っていたが、数をかぞえるためのものだった。
数珠=数える+珠(玉)。
また、お念珠ともいうが、これもそうだ。
念珠=念ずる+珠(玉)
そもそも言葉の由来であった。
なぜ、数をかぞえたり念じたりするものになったのか?
一説ではバラモン教の時代、装飾品として使われていたものを、ブッタが疫病の流行った時に、治るように経の数をかぞえながら唱えるものとしたと言われている。
そして、やはり素材にも歴史や意味があった。
ブッタは菩提樹の木の下で修行していたことから、菩提樹がお数珠のポピュラーな素材の1つとなっている。また、日蓮宗では、日蓮さまが梅の木の下で修行していて救われたという「星下りの奇端」にちなみ、梅の木の素材が重宝されている。
瑪瑙、水晶、サンゴも素材としてある。
これは、仏教伝来以降比較的手に入りやすい素材だったからと言われている。
もしかしたら、違う宗派で由来があるのかもしれない。
鉱石ファンの私としてはここにも深い意味が欲しいところであるが。
お数珠の紐は、男性は茶色、女性は紫が、昔から高貴な色として伝えられている。
おそらく草木染めの茶色、紫貝の紫色が昔は発色が良く色落ちしにくいからではないかと思うが。
日蓮宗の修行僧は白色の長い紐のお数珠を持つ。日蓮宗の荒行では身体を縛る用途として使用する場合もあるらしい。
見てみたい…。
[山梨県といえば! その2]
山梨県は日本で一番水晶が取れる県として知られているが、研磨技術も日本一なのである。
親玉の部分、この中身のRの部分の研磨は山梨県の技術が一番とされ、日本全土からはもちろん世界からも注文が入るそうだ。
確かにR部分の研磨がうまくいっていないと糸が擦れ切れてしまう、縁起がどうこう言う人もいるので丈夫であることに越したことはない。
(梅屋瑞光堂 数珠R部分 撮影:©makouFUJISHITA)
梅屋瑞光堂の遠藤さん、貴重なお話を本当にありがとうございます。
このお数珠の魅力を是非みなさんと共有したい。
山梨県に移り住むまで、ワインで有名(10月のコラムを乞うご期待)としか知らず、どのあたり位置しているかも知らなかったが、仏教にちなんだネタも豊富である。
[大人のたしなみ]
サリーのように利用方法は少ないが、冠婚葬祭という文化が残っている以上、持っていた方が良いように思った。
お寺での結婚式は少なくなっているが、葬儀では必ずと言って良いほど、袱紗(ふくさ)と同様、出番のあるグッズである。
最近はレンタルがあるらしいが、年齢とともに葬儀に出席する回数も多くなるので、コスト的にもあった方がお財布に優しいかもしれない。
自身の宗派を知り、また、持ち方も知識となる(ネットで「宗派・数珠(念珠)・持ち方」と検索するとヒットする)。
葬儀の際に間違えたからといって、テヘッとはできる雰囲気にはならないし…。
宗教心みたいのが無いとしても、使用する以上こだわりを持ち、難なく素敵に振る舞えるのが、大人のたしなみのような気がする。
また、日本の伝統あるファッションの一つかもしれない。
外国のネックレスやブレスレットと対抗するわけではないが、和服や着物っぽい洋服を着る際、ブレスレットのようになっているお数珠をつけるのも、服とマッチし、オシャレだろう。
左の写真の数珠のように親玉を覗くと如来さまがいらっしゃるのもある、寂しさもなくなるかもしれない、たぶん。
(菩提樹 コケ瑪瑙 ブレス数珠 撮影:©makouFUJISHITA)
鉱石ファンの私は、今まで世界各地で拾ってきた、おそらく水晶とか瑪瑙だと信じたい石たちを大切に保管し、いつの日かブレスレットタイプのお数珠にしようと思っている。
(気長に加工を待機している石たち 撮影:©makouFUJISHITA)