「坊主道と行く」〜生誕300年木喰展〜

「坊主道と行く」〜生誕300年木喰展〜

「まるまると まるめまるめよ わが心 まん丸丸く 丸くまんまる」

小泉純一郎元首相が在職当時のメールマガジンで紹介したことでも知られる和歌なのですが、耳にしたことがある方もいるのではないでしょうか。

この和歌は山梨県身延町古関地区出身の僧侶で仏師の木喰(もくじき)上人が残されたものです。

木食戒(もくじきかい)という肉や魚はもちろん、穀物も口にせず木の実だけを食べるという極めて厳しい修行を行じた修行僧を総称して「木食上人」といいますが、身延町出身の木喰上人は「口」のついた「喰」を使っており、「木喰上人」というと身延町出身の木喰上人を指します。

木喰上人は江戸時代中期の享保3年(1718年)に甲斐国丸畑村(山梨県南巨摩郡身延町古関丸畑)で生まれたと言われています。
当時の将軍は第8代将軍徳川吉宗でした。
14歳の時に丸畑村を出て江戸へ行き、その後に縁あって22歳の時に真言宗の僧侶として出家します。
仏像を製作しはじめたのは60歳の頃で、木喰上人は合計20,000km以上の道のりを遊行しながら、93歳でその生涯を終えるまでに、じつに千体以上の仏像を日本各地に残したと伝えられています。

そんな木喰上人の生誕300年を記念した展示会が、生誕の地である山梨県身延町「なかとみ現代工芸美術館」で開催されています。

「坊主道と行く生誕300年木喰展」

坊主道の横山瑞法です。

今回は「坊主道と行く木喰展」と題して、4名の一般参加者さんと、私を含めた4名の坊主道メンバーの計8名で木喰展を拝観してきました。

参加者の中には早川町在住で絵師の映水さんもおり、クリエイターの視点からのお話も聴けるのではないかと、勝手に期待に胸を膨らませてしまいました(笑)

さて、今回の取材とイベントを快く受け入れてくれた、身延町教育委員会の深沢広太さんにご案内をいただきながら展示を観ていきます。

映像鑑賞中

まずは、入ってすぐ右のスペースで15分ほどの映像を観ました。
木喰上人に関する基礎的なことを学ぶことができ、事前知識のない方でも木喰展の世界にすんなり入っていけるようになっています。
早く展示を観たい気持ちもわかりますが、この映像でしっかり予習すれば、後の展示を何倍も楽しむことができますので、拝観前にはぜひご覧になっていただくことをおススメします。

 

いよいよ展示スペースへ


(※展示場内は身延町教育委員会の特別許可をいただき撮影しています。)

仏像の展示は、年代順に並べられており、順路に沿って観ていくことで、年月を経て作風の変化を観ていくことができます。

木喰上人は仏像を彫り始めてから、何度か名乗りを変えています。
木喰行道、木喰五行菩薩、明満仙人と名乗りを変えており、その名乗りの移り変わりとともに作風が変化していくとのことで、名乗りの変化ごとにグループ分けをして展示されています。

独特の丸みのある作風が特徴で「微笑仏(みしょうぶつ)」と言われる木喰仏ですが、最初期の作品には笑顔はみられません。
晩年の作品に近づくにつれてだんだんと笑みをたたえた表情になっていきます。

ちなみに、今回の展覧会は全国各地の仏像80体と書画17点を集めて展示され、およそ3ヶ月の長期で行われます。
今回、初めて出展される作品もあり、木喰生誕300年を記念した催しの中では、もっとも見応えのある展覧会となっています。

また、古文書・書画については光の関係で劣化が懸念される物については、9月上旬に展示替えが行なわれるそうなので、展示替え前に一度、展示替え後にもう一度訪れてみるのが良いのではないかと思います。

スーパー高齢者木喰上人!?

書画展示

書画の展示スペースには大きな「阿弥陀如来図」がありました。
(写真はありませんのでぜひ現地でご確認ください)

この「阿弥陀如来図」なんと、今回の展示会の折に監修の先生と検討した結果「阿弥陀如来図」だと確認されたもので、それまでは「薬師如来図」だろうと言われていたそうです。

深沢さんからこんな裏話も聴けてお得な気分です。

と思っていたら映水さんからも貴重なお話が聞けました。

この阿弥陀如来図なかなかの大きさなのですが、光背(仏像の後ろにある光を表した装飾)の部分は、筆をコンパスのように使って描いた痕跡があるそうです。
そして、木喰上人の使ったこの筆コンパスはとても難しい技法だそうです。
また、これだけの大きさの絵を描くには、かなりの背筋が必要とのこと!
同じクリエイターでないと分からない視点です。

80歳をすぎた木喰上人がこれを書いたのは驚きですが、20,000kmを遊行した木喰上人、身長も180㎝あったそうですし、かなりの体格の良いマッチョな高齢者だったのではないかと勝手に想像してしまいました。

私の中では、完全にHUNTER×HUNTERのネテロ会長なイメージです。
ネテロ会長を知らない方はグーグル先生に聞いてみてください。

ちなみに、今回展示されている阿弥陀如来図と同じ構図で大きさが2倍あるものが甲斐善光寺さんにあるそうです。
そちらも機会があれば是非観てみたいです。

他にも、書画の展示には、今回初公開になる南無阿弥陀仏和歌というものがありました。
これは、いわゆる南無阿弥陀仏であいうえお作文をしたものでした。

「あいうえお作文の歴史も古いのだなぁ」

と見当違いのことを考えていたのはここだけの話です。

民間信仰と木喰仏

展示を観ていくと、お世辞にも綺麗な状態とは言えない仏像もみられます。

中には髪の部分が黒く塗られている仏像もありました。

彩色がしてある仏像は珍しいなと思っていると、深沢さんが解説してくれました。

「これは、若い人たちがお堂に集まって、お酒を飲んだ勢いで髪の毛の部分を構成の人が塗ってしまったと言い伝えられているそうです」

「え!!」

たしかに、近づいてみると、髪の部分からはみ出しているところもあり、結構雑な塗り方です。

こんな、エピソードが許される木喰仏ですが、他にも子どもが田んぼでそり遊びのように使って顔をはじめとした前面がすり減ってしまっている木喰上人の自身像もありました。

子どもの遊び相手までやってのける木喰仏。

「民間信仰ここに極まれり」ということなのでしょうか。

そんなことを考えていると深沢さんからこんな話が

「木喰仏には綺麗な状態の像も多いが、すり減っていたりするものも多い。なぜかというと、民間信仰として庶民に信仰されていたので、雨漏りするようなお堂に安置されていたり、雨乞いのために縄で縛られて川に入れられていたり、削って薬として飲まれたり。民間信仰で守られていた木喰仏としては、こっちの姿が本来なのではないかと思う」

この話には、私たち坊主道が目指す仏教と僧侶の在り方の一端を垣間見た気がして、参加メンバー一同思わず唸ってしまいました。

ちなみにですが、今回展示されている仏像のうち1点は、展示期間中に地元のお祭りがあるそうで、その期間は里帰りしてお祭りに参加されるそうです。

なんとも木喰仏らしいエピソードに、思わず笑顔になりました。

自ら彫り、自ら開眼する。木喰仏に込められた願い。

木喰仏の特徴はその背面にもあります。全ての仏像の背面には、制作年と木喰上人の名前、それぞれの仏像に込められた祈願が書かれています。

そして、木喰上人は自分で彫った仏像のほとんどを自らで開眼(魂を入れること)したそうです。

「自ら彫刻し、自ら開眼する」

私は、仏像を彫ったことはありませんが、開眼をすることは時々あります。

自分で開眼をする際には、やはり特別な思いを込めて行ないます。

ましてや、木喰上人は自分で彫った仏像にということであれば、一つひとつに並々ならない思いが込められていたことでしょう。

遊行しながら、全国津々浦々の人々の生きる姿を目の当たりにし、その一人ひとりの人々を、思い一体一体に願いを込めて制作した姿が想像に難しくありません。

 

「まるまると まるめまるめよ わが心 まん丸丸く 丸くまんまる」

そんな、長い遊行の日々を経てか、木喰仏は晩年に向かうにつれて表情が丸く笑顔になっていきます。

いよいよ最後の展示区画です。

最晩年の明満仙人と名乗るようになってからの木喰仏の表情は、微笑と言うよりも満面の笑みとなっていきます。

木喰上人のご在世当時の庶民は、決して豊かな暮らしをしていた訳ではなかったと思います。そんな時代にあって木喰上人が遊行するなかで、たくさんの人々の苦しみや悲しみに触れてきたのでしょう。

そして、その度にノミを振るい、ひとノミひとノミに願いを込めて仏像を彫り、その苦しみや悲しみに寄り添っていたのでしょう。

そんな中で、世の中の悲喜こもごも様々を「丸くまんまる」と笑顔の中におさめていきたいとの願いが、木喰仏をだんだんと笑顔にしていったのではないかと最後の展示を観ながら考えました。

微笑仏の笑顔の奥に、当時の庶民の生きざまを垣間見たような気がしました。

綺麗に彩色・装飾された遠くから拝する仏像の尊さもありますが、木喰仏のように人々のそばで寄り添ってくれる仏像の尊さを知ることができました。

展示の最後には、生誕300年を記念して、再現された観音菩薩像が安置されていました。

こちらは、撮影自由ですので2ショット撮影がオススメです。

 

木喰展の〆はコレ!!

味菜庵

拝観後は、敷地内の味菜庵で昼食をいただきました。

おすすめは、なんといっても木喰展を記念した限定メニュー「木喰おろしそば」です。

木喰おろし蕎麦

冷たいそばの上に大根おろしとオクラが載ったさっぱりとしたお蕎麦です。

暑い夏にはぴったりなメニューです!

このメニューには秘話があり、木喰上人が残した和歌の中に、「辛味大根を乗せたそばを食べたい」と言う内容のものがあるそうで、それにちなんでいるそうです。

1日限定20食だそうですので、必ず食べたいと言う方はお早めにどうぞ。

もちろん、木喰展を観た後に食べると美味しさ倍増です!!

参加者の皆さんと感想をシェアしながら楽しい昼食時間を過ごし、今回の「坊主道と行く木喰展」もまん丸まるく円満に終了となりました。

ご参加いただいた皆さん、丁寧に解説をいただいた身延町役場の深沢さん、ありがとうございました!!

木喰展に関する詳細は下記を参考にしてください。

「生誕三百年 木喰展 ~故郷に還る、微笑み。~」

【会期】
2018年7月14日(土) ~10月21日(日)
【会場】
身延町なかとみ現代工芸美術館(山梨県南巨摩郡身延町西嶋345)
【開館時間】
午前9時30分から午後5時まで(入館は午後4時30分まで)
【休館日】
火曜日(祝日の場合、その翌日)
【問い合わせ】
担当:身延町生涯学習課
TEL:0556-20-3017(直通)
https://www.town.minobu.lg.jp/bunka/rekishi/300mokujikiten.html