お坊さんとの出会い
【お坊さんとの出会い】
お坊さんとの出会い。
それはとても大切なものだと思います。
今回は私の体験をもとに、信仰やお坊さんとの出会いについて書かせていただきたいと思います。(あくまで個人的見解に基づきます)
仏教は数ある宗教の中のひとつですが、ただ単に目に見えないものや、死後の世界について説いているだけではなく、「より良く生きていく為のヒント」がたくさん詰まっているものだと思います。
私はずっとそれを知らずにいました。
実家の母や祖母に法要の為にお寺に連れて行かれることはありましたが、お寺や宗教については、どこか近くて遠い存在でした。
【我が身に降りかかって知ったこと】
そんなある日。まだ52歳だった父に突如「余命半年」の診断が下りました。
まさに青天の霹靂でした。
何もしていなくても、体からエネルギーが蒸発していってしまうような、夢と現実の間のような不思議な時間が家族の中に漂っていました。
母はやっきになって、体に良いというサプリメントや水などを取り寄せ、少しでも父の体に良いようにと様々な努力もしましたが、焼け石に水でした。
ある日母は、弾かれたように菩提寺に向かい、その日から、父の看病の合間に一心不乱に仏壇の前でお経をあげるようになりました。
手術すらすることの出来ない病であった父には、現代の医学では何も出来ず、父に死が訪れるのを見ていることしか出来ない私たち家族に残されたことはただ、祈ることのみだったのです。
私は、宗教の存在理由のひとつを、目の前で見た思いでした。
母にとっては、祈ることが、父の為にもなると同時に、唯一の、自分を支える手段だったのだと思います。
母が父の付き添いで入院している間は、私が毎日仏壇の前でお経をあげました。
「お経をあげたところで、病気が良くなるわけない」
現実的にはそうなのかもしれません。
けれど、一日一日、命を削られていく父を前に、何もしないでいることは出来ませんでした。
その後、父は体調の悪化は否めないながらも、歩き、話をすることが出来る状態で最後の日を迎え、余命宣告の期限とほぼ同じ頃、一時間ほどの苦しみの後、息を引き取りました。
そして、父の死後もまた、父の供養の為にお経を上げることが、私や母の支えになりました。母は、父を失った喪失感の中で、私たちを一人前になるまで育てなければならないという現実のプレッシャーを抱えながらも、父の供養をすることで、なんとか自分を保っていたのかも知れません。
【父の供養を通じて得たご縁】
菩提寺が日蓮宗であり、父と母の最後の旅行の地が偶然身延山だったこともあって、父の死後、母と私は身延山にお参りに通うようになりました。
それから母は、ことあるごとに菩提寺にもよく行くようになりました。
私も法要の折などには一緒にお参りに行きましたが、仏教に対して、まだ「心の支えになる可能性があるもの」「死者を弔うもの」というもの以外の認識がつかめずにいました。
お寺について色々調べている中、ふとお坊さんの有志の方々で行っている「お坊さんがお悩みに答えます。どなたでもお気軽にご相談ください」というようなホームページの見出しが目に入りました。
その時、ちょうど悩みを抱えていたこともあって、お坊さんはどのようなアドバイスをくれるのだろうかと、インターネット上から相談をしてみることにしました。
返ってきた返答は、一般的なもので、最後は「お題目を唱えていれば必ず物事はよくなります」というような言葉で締めくくられていました。
「お題目を唱えていれば、必ず物事は良くなる」というのは、日蓮宗のお寺さんでありがちな言葉だと思います。
私は、父の件ではお寺にとても感謝しており、祈りの意味は感じていましたが、「宗教にハマッている」わけでもない、予備知識もない現代の若者(当時)に、その言葉はあまりに漠然とした、説得力のないものでした。
宗教離れの一因は、こういったことにあるのかもしれないと思いました。
現実的な裏打ちがないものを、予備知識もなく無心に信じることは出来ません。
まして、その実体がわからないものに、お布施という形で、毎回安くはない金額を支払うことに疑問を感じるのは当たり前のことです。
私も、父のことがなければ、お寺の存在や祈りの意味などを感じることもなかったのだと思います。
私はずっともやもやしていました。
菩提寺の御住職以外、身近にお坊さんなどはいませんでしたし、菩提寺の御住職とも親しく話をすることがありませんでしたので、これから父や、ゆくゆくは母の供養をして行くにあたって、このような気持ちでいいのだろうか、と、感じていたのです。
数年後、私は偶然地元で一人の日蓮宗のお坊さんと出会いました。
何の導きか、その人は、父の供養に通っていた身延山のお坊さんでした。
そのお坊さんは日蓮宗の教学に明るく、私が疑問に思っていたことに、丁寧にわかりやすく答えて下さいました。
そのお坊さんのご紹介で知り合うことが出来た他の身延山のお坊さん方も、色々な事を論理的に教えて下さり、私は、一つ一つのことが腑に落ちていく思いでした。
「ただ闇雲にお題目を唱えていれば願いや祈りが叶うというのではないよ。
日蓮聖人は法華経という教えをもって、良い社会を作るためにはどうしたらいいか、より良く生きる為にはどうしたらいいかを考え、行動することを伝えたかったのだから」
という言葉に、私は目から鱗が落ちる思いでした。
「なんだあ、法華経というのは、ただ単に目に見えない世界のものではなくて、人生をどう良く生きていくかの教科書のようなものだったんだあ」
と、思ったのです。
【お坊さんとの出会いによって感じた心の変化】
ひとつの事が腑に落ちると、祈りの意味や信仰の大切さも、少しずつわかってきました。
願っていた事が叶ったり、幸運な事があったときにも、今まではただ「よかった」と思うだけだったのが、今は、願いが叶った時や、危ないことから助けられたと思った時などは自然と感謝の気持ちが生まれるようになりました。ささやかな平和の日々にも。
お坊さんからいただいたいくつかの言葉で、私の一日一日への考え方が「ただの偶然の積み重ね」から「感謝の積み重ね」の日々に変わったのです。
人との出会いは大切です。中でも、素敵なお坊さん方との出会いは、いつもとは違った方向から人生を豊かにしてくれるものだと思います。
お坊さんも人間ですから、個性や性格は色々ですし、教学について明るい方もいれば、修行の道に徹している方、地域密着型のお坊さんなど、色々いらっしゃることと思います。
私は今、お坊さんとお話することがとても楽しいです。
出会いに恵まれていたこともあるとは思いますが、私が身延山で知り合ったお坊さん方は、私が何も知らないことを馬鹿にしたりせず、皆丁寧に教えて下さいました。
今の私があるのは、一重にその方々のおかげだと思っています。
まだまだ知らないことばかりですが、これからもお力を借りながら、学んで行きたいと思っています。
自分が信じられるお坊さんに出会えるか、それは、これから自分の親、ゆくゆくは自分自身の供養を心からお願いできるお坊さんに出会えるかということにつながります。
お話をして楽しいと感じさせてくれるお坊さん、色々な事を教えてくれるお坊さんに出会うのは、そう簡単なことではないかも知れません。
でも、出会わなければ何も始まりません。
先ずは、話しかけてみてください。出会ってみてください。
お寺は自分で選ぶ時代が来ているのかもしれません。