第6回【あなたの街のお寺さんぽ】笛吹市・観音寺

第6回【あなたの街のお寺さんぽ】笛吹市・観音寺

ご縁に導かれ選んだ「僧侶」という道

 

山梨県笛吹市石和町。

この地域は、ぶどうや桃を中心とした果樹栽培が非常に盛んで、観光農園や温泉(昭和36年に湧いた)を求めて、年間多くの人が訪れる山梨県屈指の観光エリアです。

今回訪れた「臨済宗 妙心寺派観音寺」は、JR中央線・石和温泉駅から徒歩15分程の場所にあります。

暮らしの息遣いを間近に感じられる住宅街に佇み、この場所から長年地域を静かに見守り続けているお寺です。

毎日必死に働いたサラリーマン時代

 

▲観音寺住職の藤岡宗順さん

 

観音寺の現住職・藤岡宗順(ふじおかそうじゅん)さんは、埼玉県出身。

父が工務店を経営する家の長男として生まれ育ち、大学を卒業後は都内の企業へ就職しました。

一見すると、それはとても自然なことのように感じますが、そう、藤岡さんは俗に言う在家の人。

「サラリーマン時代は、毎日のように夜遅くまで働きました。

休日出勤も珍しくなかった。結婚してもその生活は変わることなく、共働きだったこともあり、奥さんとの時間もあまりとれていませんでした。

心も体もボロボロになり、入院も経験しました」

サラリーマン時代をそんな風に話す藤岡さんに転機が訪れたのは入院時のことです。

病院のベッドに横になりながら自分の人生について考えたり、幼い頃から理由なく惹かれ続けていた仏教について書かれた本を手にとってみたり、そこに書いてあるようにベッドの上で座禅を組んでみたり、それは自分自身と初めて向き合う時間だったと言います。

「当時30歳を超えていました。

次の人生を考えるならきっと今しかないのだろうと思ったのです。

幼い頃から惹かれていた仏教の世界、病院でたまたま出会った座禅の本、奥さんの親族に僧侶がいるということ、その全てが繋がっていて、それは何か意味を持っているのではないだろうかと感じたのです」

と藤岡さん。

とは言え、会社でも役職をもらえるようになり、暮らしも安定してきた矢先の決意。

奥さまはこの話を聞き、“突然のことすぎて何が起こっているのか分からなかった”と取材時に当時の様子について教えてくれました。

その後約1年もの間、家族との話し合いは繰り返されたそうです。

仕事のこと、生活のこと、修行のこと、これからのことについて、家族みんなで真剣に向き合ったと言います。

そしてその後会社を退職。

藤岡さんはとうとう修行へ出ることになったのでした。

 

無知は怖い。でも無知だから修行を乗り越えられたのかもしれない。

 

禅宗のひとつである臨済宗。

臨済宗の修行は、3年が基本のサイクルだと言います。

藤岡さんは、静岡県にある臨済寺へ修行に入りました。

▲静岡県静岡市にある「臨済寺」。修行僧の専門道場だが、年に2回だけ一般公開されている

「厳しいとは聞いていたものの、身近に分かる人がいなかったので最初は驚きの連続でした。

こんなに苦しいものなのか…でも全てを捨ててこの世界に入ったのだから簡単に辞めるわけにはいかない…自問自答をしながら耐える毎日でした」

慣れない暮らしや姿勢から体は知らぬ間に悲鳴をあげていたのでしょう。

足に大きな怪我を負い、一時自宅療養した期間もあったそうです。

しかし、またお寺へ戻りゼロからの再スタート。

藤岡さんは3年間という辛く苦しい修行を見事終えたのでした。

「眠い、寒い、足が痛い、それは大した悩みではなくなっていました。

最初の1年は本当に辛かったですよ。

でもあの修行があったからこそ今があると思っています」

そんな風に振り返る藤岡さん。

3年という修行を終えた後、奥さまの叔父が住職をしていた山梨県の観音寺でお勤めすることが決まっていました。

驚くことに藤岡さんは、最後の修行だと言って修行をしていた静岡県の臨済寺からここ山梨県の観音寺まで、たった一人で4日間かけて徒歩で帰ってきたと言うのです。

▲「観音寺」の本堂

▲中央には、慈覚大師が造ったと伝えられているご本尊の「聖観世音菩薩」

地域の人々の暖かさに救われている

 

山梨県での生活をスタートさせた藤岡さんは、当時をこんな風に話してくれました。

「私がお勤めに入った時は、奥さんの叔父が住職をしていて、山梨について全く分からない私に色々と教えてくれました。

そして、檀家さんも暖かく迎えてくれたのを今でも覚えています。

私は本当に人に恵まれていると思います」

副住職として3年間お勤めした後、平成24年に観音寺28世の住職になった藤岡さん。

本堂のリフォームや、境内の整備などをして手を加えた部分はあるけれど、観音寺が今まで歩んできた形を変えぬよう、当たり前のことを当たり前に丁寧に行っていく…そんな姿勢をそのまま残しているのが観音寺の魅力です。

▲徳川家より拝領された「御朱印箱」が大切に保管されている

▲そのことを記してある書物も見せてくれた

そして平成29年にメンバーになった「坊主道」は、様々な視点からの意見を知る大事な場所であり、彼らと過ごす時間は、刺激や安心にも繋がっていると藤岡さんは話します。

日常に仏教のある暮らしを伝える

覚悟を持って選んだ道を歩む人は、強く美しい。

もちろん藤岡さんが選んだその道は、決して平坦なものではなかったはずです。

病気や怪我を乗り換え、家族や仲間とのぶつかり合いもあったに違いありません。

自営業の長男として生まれ、都内でサラリーマンを10年以上した後、何かに導かれたかのように僧侶となり山梨県へ…

山梨の小さなお寺「観音寺」には、苦しみを乗り越えたからこそ小さな幸せを見つけられる心豊かな住職・藤岡宗順さんがいることを知りました。

 

今回の「お寺さんぽ」は、日常に仏教があることを感じられる…そんなお散歩になりました。

▲境内には立派な観音像もある

 

 

臨済宗 妙心寺派 観音寺

山梨県笛吹市石和町市部682

055-262-4591