第4回 寺嫁日記 お寺に嫁ぐということ 後編

第4回 寺嫁日記 お寺に嫁ぐということ 後編

こんにちは、寺嫁の早坂宏香です。

前回は、お寺に全く関わりのなかった私が、お寺で結婚式を挙げるまでをお話しました。

今回はその後のお話です。

【予期せぬ別れ】

慌ただしく結婚式を迎えた私たちは、新婚旅行くらいはゆっくりしたいね、と夏の終わりに予定していました。

そんなウキウキの新婚旅行出立の2日前、いつもどおりお参りから帰ってきた義父は、日課のお昼寝中に眠ったまま帰らぬ人となりました。

「結婚式を夏までに」とこだわった義父は、もしかしたらこうなることを予感していたのでしょうか?

でも私たちには突然のことで、家族や親しい方々全員が戸惑い、喪失感に苛まれ、涙にくれた別れとなりました。

ところがそんな式の後に、ある方が集合写真を撮ろうとおっしゃいました。

写真は楽しいひと時をおさめるもの。そんな先入観のあった私は、こんなに悲しくて辛い今を写真に撮ることが理解できず、とても嫌な気持ちになったのです。

しかし私は嫁いで2ヶ月の新米嫁。文句も言えず、皆に従うほかありませんでした。

【喜びと悲しみのあとに】

それからしばらく後、日々の生活に慣れてきた頃です。

本堂でお参りをしていると、いろんな気持ちが湧き出してくる時があります。

結婚式で御仏に誓った気持ち、みなさんからかけていただいた言葉や出来事、お葬式で義父に誓ったこと、悲嘆に暮れる夫や義母に感じた思・・・

他ではなく、結婚式とお葬式を行なった御仏の前で湧き出してきます。

こんな時は少し心が弱っていることが多く、「あの時の気持ち」初心と勇気を奮い起こしてくれるのです。

私は、こんなありがたい場を与えて頂いた。

そのことに深く感謝をしました。

【喜びと悲しみのあとに】

葬儀の時の写真をあれ以来はじめて見てみました。

とても疲れていて、不満そうな表情の私がそこに写っています。

気持ちも身体も精一杯だった、そんな自分を思い出して愛おしく感じました。

私たちは生きています。多くのことは日々の暮らしで薄らいでゆき、時間を経て改めて感じることや新しく感じることがあるようです。

あの結婚式とお葬式は、まだ終わっていないのかもしれません。

一緒にいてくださったみんなと共に、これからも私の中で在りつづけています。

儀式とは、私たちがこれからも歩んでゆくためにある。

今の私はそう感じています。

(おわり)