第7回 寺嫁日記 手紙が運んでくるもの

第7回 寺嫁日記 手紙が運んでくるもの

【手紙が運んでくるもの】

みなさんこんにちは、名古屋の寺嫁ひろか です。

年明けから続くコロナ災害や、九州地方を中心とした豪雨災害、各地での地震頻発など、不安が募る出来事に見舞われていますが、健やかにお過ごしでしょうか?

今年の春から夏へかけてSocial Templeさん主催のオンライン写仏プロジェクト「ツナガリイム 」に参加させていただき、当山へもたくさんの写仏奉納をいただきました。

お手本は同じなのに、それぞれの個性と思いの詰まった写仏は二つとして同じものがなく、みなさんの写仏を拝見することが、日々の楽しみでした。

【文通という文化】

私が幼い頃、今では当たり前のネットやオンラインは気配さえありませんでした。

当時は、離れた所で暮らす人と手紙を送りあって交流をする「文通」が盛んで、会ったことのない人と手紙を交わす「ペンフレンド」もたいへん人気でした。

この手紙の主はどんな人だろう?と想像しながら書く返事は、毎日に夢を添えてくれたものです。

もちろん文通が大好きだった幼い私は、用事もないのに祖母や知人に手紙を送りつけ、もう来るか、いつ来るか、と返事を待ちわび郵便ポストをチェックすることが学校帰りの日課だったことを思い出しました。

あれから数十年、ノストラダムスの大予言も裸足で飛び越えた2020年の私は、当時と同じ気持ちで毎日ポストを覗き込んでいます。

ネット社会がゆき届き、一瞬でメッセージのやり取りができる便利な時代に、ちょっとだけ手間隙のかかるこの繋がりからは、人の温かみがたくさん伝わってきます。

御朱印を受け取られる方にも、お寺の本堂の空気やお寺で暮らす私たちの体温をお伝えできるといいな。

みんなそれぞれ一人だけど、一人ぼっちじゃないよ、いつしかそんな思いで返事を書くようになっていました。

疫病禍でリモートワークが推奨されるにつれペーパーレス化が加速してゆきます。

でも、紙だからこそ伝わる温もりもあること、忘れたくないなと感じます。

まだまだ油断を許さない日々ですが、ツナガリイムをきっかけにご縁をいただいたみなさんと、いつかきっとお会いできる時がくること、楽しみにしています。

合掌