家族に話したいこと「自分がいつ・どうなるか分からない件について」

家族に話したいこと「自分がいつ・どうなるか分からない件について」

みなさまこんにちは!

ヨーガ・瞑想講師の竹田夕子です。

コロナ感染症もだんだんと落ち着いてきたような雰囲気になってきていますねー

みなさんはいかがお過ごしでしょうか?

こんな風に、社会が動き出し、経済が動き出し、人も動き出そうとしている。そんな大きな動きの段階を見て体感できるのも、人生の中でそうそうないことでしょうね!

そろそろ年末年始のお話しも出ているんじゃないですか?

「お正月には久しぶりに、家族が集まろう!」とか

「里帰りしてみんなの顔を見よう!」とかね。

 

年末年始で久しぶりに家族が集まったら、話したいことがあります。

 

そういう私も、先日親族から連絡があり

「年始の顔合わせはどうする?」と聞かれました。

みんなで集まろうとするのはとても嬉しい反面、わたしには少し怖さも残っております。

病気の影響でワクチンは打ててないし、免疫は下がってるしで….ビビり発動中。

どうしようかな….

それからしばらく考えたんですけど、すぐに答えは出なそうだったので、ひとまず考えるのを止めて横に置いておきました。

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そんなこんなで過ごしている内に、ふと、気づいたことがありました。

わたしの中でもんもんと….薄い霧のように立ち込めては消え、濃くなっては薄くなり、時には完全になくなり、再び現れて、その日完全に姿を現したこと。

「わたしには、家族に伝えたいことがある」

それは大切だからこそ、伝えにくく、でも確かに伝えておきたいと思うことでした。

 

わたしはいつ・どうなるか分からない状態だということ

 

もっとも直近で病院にいった時

MRI検査や血液検査などを受けた後ドクターに言われた言葉が、ずーーーーーっと私の中だけで深く重く淀んでいます。

それが

「いつ何が起きるか分からないから、いつでも家族の方にはそばにいてもらって」

という、なんだか….レッドカードのような….レッドのイエローの間のような….オレンジカード?とでも言えるのか….そんなものを突き付けられたような言葉でした。

「はい」

とは言いましたが、本人へのパンチはストレートに決まるよりもしんどい、ボディーブローのようにじわじわとこの身を痛めつけ、蝕んでいく攻撃です。

これは相当なものです。

自分の崩壊・終わりをじっくりとイメージさせるような言葉の攻撃です。

こんな私でもだんだんと、思考もネガティブ方向へと沈んでいきそうになることもありましたし、今でもあります。

それでも自分を引き上げられるのは、自分だけ。

 

ですので、

なるべくネガティブ方向へと引きずられないように

毎日景色を見てうつくしいなーと感じたり、人との会話に心底笑ったり、ごはんをおいしい!と頂いたりしながら、毎日を尊く生きているつもりです。

ネガティブなイメージを持っていると、そうなる予行練習をしているようなものなんですって。

先日読んだ論文に書いてありました!

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そして本日の本題。

このわたしが抱えている問題というか事象 (←これによって、人は悩んだりする訳ですが) を家族に打ち明けたいと思っている件。

これまでならば、わたしは家族に心配をかけたくないし、余計な悩みを与えたくない、そんな理由から、こういう「自分事」を話すことはほとんどなかったのです。

でもいよいよ自分の人生のオレンジカードを提示された身としては、この事象を家族と共有したいと思うようになりました。

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のんきで陽気でハッピー傾向な家族のメンバーですので、正直気が引けます。

みんな耐えられるかな….

でもその反面、正面で向き合っておきたい、とも思うのです。

チャンスはまた来るなんて、思わないようにしています。

大切だからこそ、正面で向き合っておきたい。

もしもわたしの今の状況や、先々起こりうることを全て伝えたとしたら、みんなはどうなるだろう….

そこはあんまり考えなくても良いですか?って感じで、今は、今の自分のありのままで、向きあってみたいな。と思います。

家族のみんなに、悩みの種を植え付けたとしても、わたしの中にギュウギュウに押し込めている種のお裾分けをさせてもらいます!

そうしてわたしは軽くなる!

そうしてわたしはネガティブから離れる!

そうしてわたしは健やかになる!

そうしてわたしと家族に植えられた悩みの種は、

それぞれにきれいな花を咲かせる!

良いイメージが出来た!

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ネガティブになりそうになったら、隣の人の顔を見たら良いと思います。

みんながみんな、悩んでいて、何かを抱えていたり、辛かったり。

楽しんでいたり、笑っていたり、嬉しかったり。

それは「生きている」ということ。

それを見つめます。

自分劇場の横では、同時進行で、他人劇場で、その人のドラマが繰り広げられている。

迷惑かけたと思っても、

迷惑かけられることもある。

お互いがお互いの人生に入り込んで、迷惑かけたり笑いあったりしながら、味わい深い時間を過ごしていきたいものです。

そんな気持ちで、わたしは家族に自分のありのままを話そうと思います。

いやーーーまさにこれは、わたしの修行です!

 

みなさまも、久しぶりに会える人の尊さを噛み締めるような年末年始になりそうですよね。

お互いに味わい深く過ごしていきましょうねーー!

また次のコラムでお会いしましょう♡