Vol.2|埼玉県秩父郡・般若山 法性寺で300年前の音景色に想い馳せる

Vol.2|埼玉県秩父郡・般若山 法性寺で300年前の音景色に想い馳せる

古くから同じ場所に存在し続けているお寺は、地理・地形的に特殊な場所にあり、変わった音景色を織りなすことがあります。
今回取り上げる音景色は秩父郡小鹿野町にある般若山 法性寺です。法性寺は800年以上の歴史を持つ秩父屈指の古刹で、山の上にある奥の院には「お船観音」と呼ばれる観音さまの像があり、古くから信仰されてきました。

秩父には「三十四ヶ所観音霊場」という、西国・坂東とあわせて「日本百番観音」に数えられる霊場があります。三十四ヶ所の札所寺院を巡る「秩父札所めぐり」は室町時代後期には定着していたと言われています。

札所めぐりの参拝者を長らく受け入れてきた法性寺の境内に、この夏大きな変化がありました。入り口にある大きな鐘楼門を建て直すことになり解体作業が行われたのです。山門が建てられたのは宝永4年(1710年)であることが棟札に残っているらしく、それ以来だとすると山門のない景色は実に313年ぶりということになります。法性寺を預かる立場にある荒谷 哲巨(あらたに てっきょ)さんは、この特別な景色の中で記念のイベントを行いたいと考え、「三十二番」という音楽イベントを企画しました。タイトルは、法性寺が札所三十二番であることに由来します。

在りし日の山門(2022年5月撮影)

山門のない約300年ぶりの境内の景色の中で音を出すイベントは貴重な体験となるに違いないと確信し、2023720日の夕方に秩父・法性寺へと向かいました。

秩父の夕暮れにコンドルが飛んだ

会場となる法性寺 山門(のあった場所)に辿り着くと、既に会場は満席。飲み物の提供や出演者の物販などもあり賑わっています。
今回は秩父在住のミュージシャン笹久保伸さんによるギターと、南米アンデス地方の民族音楽フォルクローレに使われる笛の一種サンポーニャ奏者である青木大輔さんによる演奏と共に、地元・小鹿野町在住のパフォーマーによる武術演舞と墨絵のライブペインティングが行われました。

演奏と読経の皆さんの許可を得て、少し離れた小高い場所にマイクを設置させてもらいヘッドフォンでモニタリングすると、夕暮れ時のアブラゼミやヒグラシの大音響にクラクラします。そこに、笹久保伸さんのギターが爪弾かれ出すと、まるでセミたちと共演しているかのよう。
サンポーニャの演奏が加わると、笹久保さんのギターもフォルクローレの装いが増して、ここが秩父の山寺であることを忘れそうになります。暮れゆく舞台に浮かび上がる演舞のパフォーマンスにより、境内の異界化がさらに進みます。演奏が始まった直後は呼応するように盛り上がっていた蝉たちの声は少し弱まり、演奏の美しさが特に際立ってきます。
日本人にも耳馴染みのある「コンドルは飛んでいく」なども演奏され、夜が深まっていきます。子どもたちも楽しそうに自由に走り回っているのは、お寺ならではの景色です。

変わらないことと新しいこと

45分ほどの演奏とパフォーマンスの後、法性寺の荒谷さんが登場してこの日のイベントが企画された経緯について話してくれました。

 (山門が解体されたので)昼間見ていただくと「おそらく313年前の景色はこんな感じだったのだろうな」と思わせてくれる景色になっています。法性寺の山門は1階には仁王様がいて、2階には梵鐘があるという形の鐘楼門です。秩父札所の中では唯一の鐘楼門という、特別な山門となっています。近年、いたみが激しくなってきたので、改修したいと10年ほど前から参拝者の方に寄付をいただいておりました。令和8年には「秩父札所総開帳」があるので、それまでになんとか綺麗にしたいと考え、今回の解体に至りました。本当に全国津々浦々、海外の方にも寄付をしていただいて、この度修理のはこびとなりました。小鹿野町の文化財ということで、町からの補助もいただいています。
 解体は5月31日から約1週間でおこないました。山門のなくなった景色をあらためて見てみると、後ろに石段や松の木があって、まるで歌舞伎の舞台のように感じられ「何かできないかな」と、このイベントを思いつきました。
 このあと10月か11月くらいから修理中の部材をまたこちらに持ってきて組み立て始め、来年の3月くらいまでに終わるのではないかと予定しています。<中略>部材はなるべく現状のものを使うので、建て直しが終わってもそれほど変わったように見えないかもしれませんが、宮大工さんがどこを修理したかわからないようにしてくれるとのことです。3月以降、綺麗になりましたらその時にはまた何か会ができればと考えております。(以上、荒谷さん談)

「リニューアルして現代風にカッコよくしてみました!」ではなくて、なるべく既存の部材を活かして、むしろ「どこが変わったのかわからないように」なおすというのが、宮大工さんの腕の見せ所なのですね。歴史や伝統を重んじ、土地とのつながりを第一とするお寺だからこそ「300年ぶりの景色」が立ち現れるのだと思い知りました。

イベントの最後は、荒谷さんの僧侶仲間である札所一番のお寺・四萬部寺の丹羽隆浩さんと、同じく秩父の宝蔵寺 野村圭秀さんが加わり「般若心経」をお勤めしました。笹久保さんのギターと青木さんのサンポーニャの演奏にあわせるスペシャルセッションです。

読経を聴きながら、313年前の景色を想像してみます。その時も、山門落慶のお祝いの会があったのでしょうか。同じようにお坊さんたちによる読経法要がなされたのでしょうか。
そして今、秩父にルーツを持つアーティストと僧侶が集まり、313年ぶりの景色に読経と音楽を捧げている場面に胸が熱くなります。秩父の山に住む様々な生き物たちの音も呼応して、今この場所でしかあり得ない唯一の音景色が広がっていたのでした。

音をあつめて

後日、荒谷さんに「山門がなくなって、山内の音の響きは何か変わりましたか?」という質問をしてみました。すると、流石にそこまで大きな変化は感じられないそうですが、そもそも法性寺周辺は谷になっていて音を集めやすい場所かもしれないということでした。荒谷さんが少し上の方にある観音堂でお経をあげている声が、500-600m先のお寺でも聞こえるそうなのです。

法性寺の観音堂

確かに、以前日中にお参りした時は法性寺からだいぶ離れた場所にある秩父ミューズパークで音楽フェスが行われる日で、リハーサルの音がお寺まで聞こえていました。

法性寺は山寺ならではの抜け感があり、すごく気持ちの良い場所ですのでイベントのない時でも参拝をおすすめします。私はまだ登ったことがないのですが、山上のお船観音まで登ると素晴らしい眺望があるようです。きっと、山にいる鳥や虫の声の心地よい響きも感じられるでしょう。

せっかくならば「秩父札所めぐり」にトライしてみるのも良さそうです。秩父札所連合会では「和尚さんと歩こふ」という、お坊さんと一緒に札所めぐりができるイベントを9月から翌年の4月まで月一回設けています。元々は、荒谷さんが始めた企画ということで、荒谷さんはほぼ毎回参加しているとのことです。(詳しくは秩父札所連合会のWebサイトをご覧ください)

そして令和8年には、秩父札所の「午年総開帳」が催されます。普段は秘仏の観音様を各寺院が午年に一斉に開帳し、参拝することができます。大きな盛り上がりの年に向けて、今から少しずつ札所めぐりを進めておくのも良さそうです。

般若山 法性寺
Facebook|https://www.facebook.com/profile.php?id=100067427546020

おまけ|道中寄るならこんな店

喫茶カルネ(御花畑)