Vol.4|今治市・大下島 法珠寺より港に出て、島のめざめの音に立ち会う

Vol.4|今治市・大下島 法珠寺より港に出て、島のめざめの音に立ち会う

2023年12月、縁あって愛媛県 今治市にある離島 大下島へ行きました。大下島は今治港からフェリーで55分の場所に位置しています。
人口約50名の小さな島に、浄土真宗本願寺派のお寺 法珠寺(ほうしゅうじ)があり、島育ちのお坊さん 加藤正さんが住職としてお寺を預かっています。

浄土真宗本願寺派 法珠寺

加藤さんは妖怪を題材にした木版画や、仏教にまつわる水彩画やペン画のイラストを描かれる方で、最近は仏教絵本への挿絵イラストや、地元美術館での展示など、アーティストとしての活動もなさっています。

筆者は「妖怪」という共通の趣味によって加藤さんと親しくなり、以前より大下島を訪ねてみたいと考えていました。島の自然環境の中で、音も録りたいという気持ちが湧いてきました。

版画作品「五徳猫」

夕暮れ時の今治港を出港。島に着く頃には既に真っ暗です。港まで迎えにきてくださった加藤さんと久しぶりの再会を果たし、法珠寺へと向かいます。

法珠寺の夜。お酒をいただき、鯛めしをつつきながらお互いの近況報告などを交わしました。加藤さんに「島で印象的な音は?」と質問してみると「船の音ですかねえ」というお答えがあり、日の出前に起きて港へ行くことに決めました。

5:20起床、港へ

12月とはいえ、そこまで寒い朝でなくてよかった。港までの道はなんとなく覚えているものの、少ない街灯と月明かりを頼りに手探りで進みます。お寺と港はほど近く、すぐに港に出られました。
港で耳を澄ましてみると、、、静か。小さな船にひとつ灯りがついていて、何やら作業をしている男性がいるほか、ひと気もない。鳥の声などもなく「島はまだ寝ているんだな」という印象です。

静かな港、まだ夜のにおい

すると少し遠くの方から「ゴロゴロゴロゴロ」とけたたましい音がやってきます。音のする方角に構えていると、釣りのために道具を運ぶおじさんでした。
すれ違いざまに「おはようございます」と声をかけるものの、「謎の機材を携えた、島で見ない顔」という自己認識がまさって、かなり自信のない小さな声の挨拶になってしまいます。聞こえなかったかな、、、。

そうこうしていると、小さな船がススーッと港を出ていきました。そこで自分は「船の音」を録りにきたんだと思い出し、堤防を伝って港の入り口あたりでマイクを構えます。

ふと海に浮いている光る物体に気付き、あれはなんだろう?と目を凝らしてみると、浮き?糸があって竿が見えて、堤防の先の方に釣りの人がいるこがわかります。先客がいらっしゃった。さすが釣り人の朝は早い。こちらは、音を釣りに。あやしいものじゃございません。

港の音を集めてくれるマイク

港に訪れる大きな変化

だんだんと変わっていく空の色を眺めながら、ヘッドフォン越しに聴こえてくる音に身を委ねます。マイクを通すことで集められてくる微細な音のうつりかわりがなんとも気持ちよく、この時間がいつまでも続いてほしいという気にさえなってきます。

すると、小さかった波の音が徐々に大きくなり、海が波立ってきていることがわかります。船が近づいている!
微かにエンジン音が聴こえてくる。にわかに鳥の声もし始めました。船が港に進入してくると「ポーッ」という汽笛が一発。波の音は、波しぶきの音になります。岸に打ち寄せる音もジャブジャブ大きくなる。

やがて船が停泊すると、何やら荷を下ろしたりする音がカチャカチャと鳴り、少し遠くで地響きのような籠った音が聴こえてきます。湾内のどこかに大きな波が跳ね返っているのか、スーハースーハーとまるで島が呼吸しているような音が通奏低音みたいに繰り返されています。

荷下ろしを終えた船が大きなエンジン音と共に港を出ていきます。波の音、島の呼吸音(のような音)、そして鳥の声がだいぶ賑やかになっています。一艘の船の出入りによって、島が目覚めたような感覚がありました。

島のめざめ

毎朝、同じ時刻に「島に船が入ってくる」出来事が起きる。それによって海が動き、港周辺から山側に向かって生命が動き出すという様子を、耳で感じ取ることができました。
船が出ていった後に、鳥の鳴き声の種類が増えて賑やかになり、波打つ音もふくよかになっていく。マイクが集めてくれる音の情報は多く、特に人が少なく人口の音も少ない(車が走らない自販機もない)島においては、微細な音の変化を感じやすい環境だといえます。

たった30分程度ですが、音に耳を向けて集中することで、人の営みが自然に及ぼす影響がよくわかりました。まるで船が島を起こしてくれているような。

山の間から日が昇ってくる

空がだいぶ明るくなってきたので、法珠寺に戻り、加藤さんに録音の成果をご報告。お母様のご準備してくださったあたたかい朝食をいただき、冷えた体が温まります。(とても美味しかった!)

お寺の日常へ

そして、法珠寺のお朝事を録音させてもらいました。早朝の港よりも、もっと賑やかな(少々うるさいくらいの)鳥たちの声がおさまるように、マイクは本堂の外に向けてたてました。加藤さんのお経は、マイクとは逆方向にあるご本尊の前で、ご本尊に向かってお唱えされています。お経も、お寺の音景色の一部として。

法珠寺本堂

大下島の風土で育った加藤さんの声と、島の鳥たちの声の中で、普段と同じ朝を迎える。島にとってはいつものことだけど、私にとってはかけがえのない朝でした。音として記録できたことが嬉しいです。

皆さんにも聴いてもらえたらと思い、自分なりに編集をしてみました。港で録った島のめざめの音から、法珠寺でのお朝事の音に移っていきます。可能であればヘッドフォンやイヤフォンで聴いてみてください。

音楽と非音楽のはざまに

加藤さんにもこの音を聴いてもらったところ、こんな感想をいただきました。

港の船が発着する音なんか毎日聞いてる音なのに、何か驚きを感じるよ。
途中から、ビートを刻みだして、ケミカルブラザーズやゴリラズみたいな曲が始まりそうなワクワク感を感じたよ。

まさに、そういう音楽を聴いてきたからこそ、この録音のような非音楽に楽しみを見出せるのだと思います。かたや、お経は音楽。この「音楽と非音楽のはざま」にあるような、お寺さんの音景色が面白いのです。

大下島、また来ます!

おまけ|道中寄るならこんな店

・喫茶アポニー(今治)