一粒のたね
こんにちは。Social Templeの鷹野です。
私の嫁ぎ先は寺院です。宗派は、天台宗です。寺院に身を置いていると、各宗派があることに疑問を持つことはありません。けれども、一般的に、仏教=寺院であり、宗派という理解不能なワードによって難しいと思い込み、それ以上話が耳入らなくなる人をよくお見掛けします。
とても偉そうに聞こえたかもしれません。でも・・・実は私も寺院に嫁ぐ以前は、仏教に興味はなく、日本史も世界史も全く興味はありませんでした。しかし、様々な人との関わりによって、少しずつ学ぶ機会が増えていきました。学ぶことによって、仏教や仏像、寺院の歴史、日本の仏教について興味を持つようになりました。
天台宗と聞いて伝教大師最澄と即答してくれる人は少なく、悲しくなる時があります。反対に、真言宗の弘法大師空海を知る人は多いことに驚きます。
お二人とも、同じ時代に中国で仏教を学んだ偉人であるにも関わらず、空海はなぜ有名なのだろうと考えました。私ごときが考えて答えが見つかるはずはありませんが、最澄さまと空海さまの考え方の違いによって、はっきり言えることはあります。
それは、仏教の教えは教育に不可欠なもであると考えた最澄さま。天才肌の空海さまにそのお考えはなかったのかもしれません。天台宗には、最澄さま以降、歴史的に有名なお坊さんがたくさん誕生しています。最澄さまの教えを元に、天台宗から分かれて宗派を起こしたお弟子さんもたくさんいらっしゃいます。そうして、各宗派が誕生していきました。
お寺の時間を読んでくださっている寺院関係ではない方に質問です。
菩提寺(先祖の墓所がある寺院)の宗派を知っていますか。
多くの方は知らないのではないでしょうか。私の嫁ぎ先の檀家さんも、菩提寺が天台宗だと知っている人はほとんどおりませんでした。そこで、先代が亡くなった後、天台宗というワードを知っていただくために、毎年、天台宗の本山、比叡山延暦寺に檀家さんとご一緒に旅行をしています。せっかく本山に行くのですから、阿弥陀堂という供養をしていただけるお堂で、各家先祖代々のご供養をしていただいています。
比叡山は東塔・西堂・横川と3つのエリアになっています。根本中堂や先ほどお話しました供養をしていただける阿弥陀堂があるエリアは東塔です。私が聖域だと感じるエリアは西堂です。最澄さまの御廟(墓地)があります。
最澄さまは入寂後(亡くなられた後)今年1203年経っていますが、今もなおご存命であるという考えのもと、御廟にお仕えしている方がいっらしゃいます。「侍真」といわれるお坊さんです。誰でも「侍真」になれるわけではありません。古来の慣例に基づき、好相行を満行していなければ最澄さまにお仕えすることを許してもられません。
また、「侍真」となりますと御廟に12年間お仕えします。どのような事があっても、比叡山から出ることは許されません。好相行も、簡単に満行できるものではありませんので、12年間の間に満行したお坊さんが現れなかったときは、もう12年間最澄さまにお仕えしなければいけない決まりがあります。1200年以上、多くの先人によって引き継がれた尊い場所である、最澄さまの御廟で手を合わせると感謝の気持ちでいっぱいになります。
最澄さまから始まった教えは、今もなお多くの人々に影響を与えています。
仏教になんの興味関心のなかった私が、お寺という場所に興味をもったのは、先代の影響でした。
高齢のため足が悪かったのですが、午後5時になると本堂へ行き、雨戸を閉めていました。何気ない日常でしたが、その何気ない行いを何十年も繰り返していることの重みを感じる時、感慨深く、その行いは尊く、私もお手伝いさせていただきたいと思いました。その小さな一粒の種は私の心に静かに深く撒かれたように感じます。その種を大事に育てて、次の世代に私も種を撒きたいと思っています。
時間に追われ、気忙しい時代ですが、今もなお、1200年前を感じられるところがあります。時には、悠久の時の流れを感じることによって、心の目が開き穏やかな時間を手に入れることが出来るようになるかもしれません。