Vol.6|愛知県名古屋市 瑞因寺 なんでもない日の午後のおつとめ
お寺でフィールドレコーディングをしています。それこそが私にとって「お寺の音景色」を集める行為。
フィールドレコーディングとは、Wikipediaによると「レコーディングスタジオの外で作成されたオーディオレコーディングに使用される用語であり、この用語は自然音と人間が生成した音の両方の録音に適用されます。」とあります。
つまり、お寺の境内や本堂で録音する音はフィールドレコーディングなのです。仕事柄、お寺に行く機会が多いため、機会はそれなりにあります。やはり「お寺ならでは」の音を録りたいと思うので、録音の対象となるのはお経・声明・ご詠歌などお坊さんが発する声。あとは梵鐘やおりんなどの仏具が発する音。などなど。そこに、その土地特有の環境音や自然音も加われば最高です。
「ちょっとおつとめ」チャンスに備える
出張の際にはリュックに録音機材を詰めて行きます。素人機材なので、それほど大袈裟な装備ではありませんが、着替えやパソコンやカメラなどの通常の荷物に加えて、マイクやレコーダーを含めるとそれなりの大きさ・重さになるので、何を持って行くかは迷いどころ。
5月末、とあるお寺さんとのお仕事で名古屋への出張がありました。朝から夕方までしっかりミーティングするお仕事だったので、今回は録音の機会はないかな、、、と思っていました。
一方、同じ名古屋市内の別のお寺さんから「本堂の音響設備を改善したいからみにきてほしい。名古屋にくることがあったらついでに寄ってね」と言われていたことを思い出し、名古屋に延泊して訪ねることに。
二つのお寺に行くならば、もしやチャンスがあるかも?
そこで、春先にインタビュー録音用に購入したZoom社の「H1 essential」をリュックのポケットに忍ばせました。これがマイク一体型の軽量コンパクトなレコーダーながら、32bitフロート録音ができる優れもの。
32bitフロート録音とは(大雑把な説明にはなりますが)とても幅広いダイナミックレンジ(小さい音と大きい音の差)で録音することにより、いわゆる音割れが発生しにくい録音方法のこと。最近は安価なレコーダーにもこの機能が搭載され、初心者でも失敗しにくい録音が可能になりました。
お寺の本堂でお経がとなえられる際には、必ずと言って良いほどに鐘(おりん)が使用されます。「キーン」という高い鐘の音とお坊さんの声、一つのマイクでおさめようとすると鐘の音が割れてしまうことが多いのです。そこで、32bitフロート形式で録っておけば、鐘の音が割れずに録れて、後でバランスを整えることができます。
あとは、想定しなかったタイミングで「ちょっとおつとめしましょうか」みたいに始まることがたまにあります。「わ、準備してなかったな」と焦るのですが、「ちょっとおつとめ」の気分や流れを止めて準備するのもまた違う気がして、Apple Watchでさっと録音していました。そんな時、ポケットに「H1 essential」を忍ばせておくと、ちょうどいい感じです。
青空と枕経と
名古屋のお寺でメインのお仕事を無事に終えて翌日、宿泊をしていた伏見駅から地下鉄東山線に乗って終点の高畑駅へ。
駅を上がると、真夏のような気温と青い空。目に入ったミニストップでアイスコーヒーを買ってお迎えを待ちます。
車で駅まで迎えにきてくれたのは、真宗大谷派 瑞因寺の飯田正範住職です。急遽入った枕経(臨終の後、ご自宅などで最初に行われるおつとめ)に行っていたそうで、お坊さんの格好で運転なさっています。当たり前のことですが、こんなに晴れていて太陽さんさんの日中でも、人は亡くなるんだな。お坊さんはお経をあげに行くんだな。そんなことを思いながら、飯田さんと「最近どうです?」みたいなおしゃべり。
道中、飯田さんおすすめの洋食屋さんに寄って、美味しいランチをご馳走していただき、いざ瑞因寺へ!
はじめて訪れる瑞因寺。住宅街の中にあり、整った境内地にさっぱりと綺麗な佇まいのご本堂が建っています。若くしてご住職になられた飯田さんは、住職なりたての頃にこのご本堂への建替え事業を経験したというお話しを聞きました。飯田さんに初めてお会いした約10年前には、既に大事業を終えられた後だったのだなあ、とその当時に思いを馳せます。
メインの目的だった「本堂の音響設備改善を検討するための情報収集」もなんとなく終え、「じゃ、おつとめしますか」という機会が訪れます。なんでもない日のおつとめ。こういうのが、うれしい。
飯田さんは「それじゃあ僕はもう一回お坊さんのコスプレしてきますね」と言って本堂を後にされます(そういうことを言うのが、飯田さんらしさ・笑)
瑞因寺の午後
待っている間は、本堂で一人の時間を過ごします。
おつとめをする場所にある「平金(ひらきん)」と呼ばれる、おりんを鳴らしてみます。
「カーン」
本堂での響きを味わう、なんとも贅沢な時間。
本堂の正面の戸を開けて、外の音を迎え入れてみます。
近くを走る自動車の音。鳥の声。猫なのか赤ん坊なのかわからないいきものの泣き声。
音とともに、外のにおいも本堂へ流れ込んできます。
お寺の本堂での午後のひととき。
すると、Facebookのメッセンジャーの通知に気づきます。
最近、ご相談にのる形で連絡をとりあっていた女性住職さんからのメッセージ。それは、娘さんが亡くなり今日が通夜であるという悲しいお知らせでした、、、。
突然の大きな出来事に心が動揺します。ああ、こんな時はどんな言葉を伝えたらいいだろう。亡き方を悼む気持ち、どうかお身体を崩さぬようにという祈り、そして何か少しでも力になりたいという思い。
いろんなことが頭の中でないまぜとなって混乱しながらも、大変な時に連絡をくださったことにまずはお返事をしなければと頭を巡らせます。
自分にできること、、、それは今から営まれるおつとめに、自分の気持ちを込めることであると思い至りました。
日々のおつとめ
着替えて戻ってこられた飯田さんに「実は今、、、」と、連絡のあった内容をお伝えします。飯田さんはその女性住職とはご面識はありませんが、派は違えど同じ浄土真宗の僧侶という仲間です。
突然の訃報に驚いて悲しい顔をされた後に
「わかりました。今から『伽陀』『三誓偈』をおつとめして、お念仏を数回おとなえした後に『回向』。これも一つの法要になると思うので」
と言ってくださり、お経の準備を整えます。
私は、手に持っていた「H1 essential」を飯田さんの正面にセットさせてもらいました。
おつとめが始まります。
午後の本堂の少し眠たい空気が、凛とした声に目覚めさせられるよう。
とても清らかで、まっすぐ伸びていく声。美しい曲線を描いていく節まわし。
続く『三誓偈』は自分もよくおつとめしているので、飯田さんと一緒に声を出しました。お念仏も、回向も。
毎日。
毎日、全国各地のお寺では、このように、お経があげられ、鐘が鳴らされ、亡き方への思い。離れた人への思い。そして、平和への願いを音として、あらわしているのだな。そんな当たり前のことが、あらためて心に迫ってきました。
一人ではとても抱えきれない思いを、誰かと一緒に音としてあらわす。
そのためにお寺があり、お坊さんがいてくれるのだなあ。
瑞因寺で過ごした午後。このご縁に強く感じるものがありました。