お寺豆知識 第14回 無財の七施

お寺豆知識 第14回 無財の七施

【お布施とは何か?】

皆さんこんにちは。

甲斐市功徳院(浄土宗)住職、坊主道副代表、渡辺光順です。
今お読み頂いているお寺豆知識も坊主道メンバー全員が執筆し2周目に入りました。

今後も精進してまいりますので宜しくお願い申し上げます。

今回は「布施」について書こうと思います。

【仏教の修行、六波羅蜜の1つ「布施」】

そもそも「布施」とは六波羅密の1つで施しの事であり、喜捨をする事です。
(※六波羅蜜については上記リンクを参照)

喜捨(きしゃ)・浄捨(じょうしゃ)とは読んで字のごとく「喜んで捨てる」事です。

見返りを求めず浄らかなこころで施す。

例えば大きな災害があり「助けたい」「何とかしたい」と思って募金箱にお金を入れる。この行為は何の見返りも求めないまさに喜捨です。

「施す」と聞くと少し上からに聞こえますが施しとは通俗的には「慈しみ(いつくしみ)」ということになります。

上記の例ならばこれは「財施」に分類されます。

法事葬儀などでお寺に金銭をお渡しするのも財施です。

財施以外に「布施」には「法施(ほうせ)」「無畏施(むいせ)」があります。

法施とは「法を伝える事」例えるなら法話であったり仏教講座であったり、聞いた内容を他者に伝えても法施に違わないです。

無畏施とは厄難を救うこと、恐怖の念をなくすこと辞典には「獅子(しし)、虎狼(ころう)、怨賊(おんぞく)、水火(すいか)などから人を救っておそれることなからしめること」とあります。

恐怖の念から解き放ち安心を与える事です。
例えるなら何かに挑む人がいたら失敗の不安を取り除く事や、もし失敗しても安心して戻れる場所があると伝える事も無畏施と言えます。

さらに上記とは別に普段の生活の中でお寺にする「お布施」ではなく出会った人達にするお布施「無財の七施」という布施もございます。

【無財の七施】

①眼施(げんせ)

やさしい眼差しで接する。
何に対してもやさしい眼差しで接する事です。‘’目は口程にものを言う‘’と言いますが、お互いを思う眼差しを向ける事で安心感を与え打ち解けあえるのです。

②和顔悦色施(わげんえつじきせ)

笑顔で接する。
いつも笑顔で接する事はとても重要です。眼施も同様ですが相手を威圧するような目つき顔つきではお互いの理解からは遠く離れてしまいます。

 

③言辞施(ごんじせ)

やさしい言葉。
言葉もやさしく発する。上記の眼施、和顔悦色施に同じく自己から発する情報はやさしくなければなりません。
自分が言われて嬉しい言葉を積極的に発して、逆に自分が言われたくない言葉は厳に慎みましょう。

④身施(しんせ)

身体を使った奉仕。
今風に言うとボランティアでしょうか。
道路を渡る高齢者のお手伝い、重い荷物の上げ下ろし、様々な場面で身体を使った奉仕は出来ます。

⑤心施(しんせ)

心をくばる。
身施と読み方は同じですが今度は心です。相手の痛みや苦しみを感じる心があればこそ、顔にも眼差しにも行動にも言葉にも優しさが表れるのです。

⑥床座施(しょうざせ)

場所や席を譲る。
現代で言えば公共の乗り物で席を譲る事が想像出来ます。
気遣う心と声を掛ける勇気があれば誰にでも出来る事です。
「どうぞ」の一言を伝える時には他の無財の布施も添えられていると思います。

⑦房舎施(ぼうじゃせ)

自らの住まいを提供する。
上記では誤解があるかもしれません。1泊の宿として提供する、雨露をしのぐ場所を提供すると言い換えても良いです。

以上が無財の七施です。

この七施は雑宝蔵経という経典に説かれている教えです。

そもそも布施とは施された人より施した人が幸福感に満たされるものでもあります。

【執著から離れる】

・執着の心を離れ施す(慈しむ)心に満たされる事が出来ればその人は幸せであるはずです。
誰かに優しくされたら嬉しい気持ちになります。
でも誰かに優しく出来たならば満足感を得る事が出来るのではないでしょうか?

相手を思いやる行動で自他共に穏やかな楽しい日々を過ごしたいですね。