ご利益寺を巡ろう! 国宝 清白寺の歴史と魅力をご住職に聞いてみました

ご利益寺を巡ろう! 国宝 清白寺の歴史と魅力をご住職に聞いてみました

こんにちは。山梨県ご利益寺巡り第三回です。
このコーナーを担当させていただいている、武田 紗嬉です。
この企画では、カメラとペンを相棒に、お寺のご住職に取材をし、お寺の魅力を発信します。
普段はなかなか知る機会もないお坊さんの生の意見と、仏教を知ってまだ間もないビギナーの私なりに、感じたことを綴っています。
第ニ回、ご利益寺を巡ろう!「花とえんむすびの寺」放光寺
こちらも是非ご覧くださいませ。

それでは第三回目、今回は山梨県山梨市 臨済宗妙心寺派の海涌山 清白寺(かいゆうざん せいはくじ)をご紹介します。

清白寺の歴史

臨済宗妙心寺派の海涌山 清白寺は、正慶二年(1333年)に足利尊氏が、国家安泰戦勝祈願所として創立したお寺です。
開山は七朝国師 夢窓疎石(しちちょうこくし むそうそせき)であり、二世は夢窓国師の法嗣(はっす=教えを継ぐもの)の清渓通徹(せいけいつうてつ)です。
(夢窓疎石は生前に7人の天皇から国師号を下賜されたことから七朝国師とも夢窓国師ともいう 以下、夢窓国師)
御本尊は釈迦如来であり、佛殿には千手観音を安置し、創建当時の様式をそのまま伝えており、国宝に指定され、庫裏、本堂、夢窓疎石像は文化財に指定されています。

山号 海涌山(かいゆうざん)の由来

山ばかりで海のない山梨県で、山号に海涌山とある由来は諸説あります。
お寺から眺める山並みが、海の波のように見える為である一説。
そして、清白寺に伝わる“諏訪水(すわすい)”の伝説にまつわる一説があります。

諏訪水(すわすい) とは

開山の夢窓国師が信州諏訪明神より授かったという井戸からは、諏訪水という清水がこんこんと湧き、諏訪湖の湖水の増減に伴ってこの井戸水も増減すると言い伝えられています。そして、山号の海涌山はこの諏訪水に因んでいるとの一説もあるのです。


清白寺ご住職、本間愛教(ほんまよしみち)さんに聞いてみました

――どんな参拝客が来られますか

「ほとんどが観光客です。国宝の佛殿や、この時期なら梅の花を見にいらっしゃるお客さんなどがいます。
御朱印ブームの影響もあり、若い人もよく来るので最近は年齢層がまちまちですが、ご年配はやはり時間もありますので多いです(笑)」

実は、清白寺には私の祖父のお墓があり、私にとっては馴染み深いお寺です。そんな私の清白寺の印象は、長閑な時間の流れる空気感があります。事実、車の音もほとんど聞こえてこない立地なのです。
取材に伺ったこの日も、日光はポカポカしていて、空を見上げると幾つもの飛行機雲。山梨県の盆地を作っている周囲の山々の見晴らしがよく、富士山もひょっこり見えていました。
日々の喧騒から一歩離れ、のんびりしながら頭や心身を休める……そんな時間を過ごすのにうってつけのスポットなのです。
山梨県のご利益寺巡りをするようになり気づいたのですが、この安らぎ感は”田舎のお寺”ならではの魅力なのかもしれませんね。

――どんなご利益がありますか

「どんなご利益かですか。私は、ご利益(功徳)というのは自ら求めにいくものではないと考えています。
例えば、「○○大学に合格しますように」と佛様にお祈りして、頑張らなかったのに合格しちゃったら、それはご利益ってものです。しかし、その代わりに頑張っている人は落ちるということです。そんなことを祈るものじゃない。
それなら「試験会場で、今まで勉強した分の力を発揮できますように」と祈るほうがいいと思うのです。
普段から精一杯やって、後は天に任せるってことです」

あっ……! 私、今年の初詣で「試験に合格しますように」と祈願してきたばかりです。(笑)
自分の勉強次第だと思っていますが、何気なく抽象的なお祈りをしたことに気づきました。
私の個人的な考えではありますが、何かのきっかけや節目にお祈りをするのは、私たちにとって「よしやるぞ!」と気を引きしめていく目的も含まれているのではないかと思っています。
ですので、それこそ本間住職の「力を発揮できますように」と祈るススメ、とっても良い!と私は感じました。
目標を達する為に必要なものを、自分で明白にしているのは大切なことだと思うのです。

――住職として苦労する点はありますか

「特別苦労するってことは思い浮かばないのですが…、清白寺では座禅会を開くことがあります。
参加される方は、座禅を通して自己を律することを求めていたり、病気など現実の悩みをお話される方もいます。
しかし、私はそういった方の悩みを直接解決してあげられる訳ではありません。
私に出来ることは、抽象的な意見を現実に即した形でアドバイスをする位のものですから、悩みを相談に来られる方にとってはギャップがあるのではないかと考えることがあります」

お坊さんじゃない私たちも誰かから相談を受けた時、本間住職の様な対応をしていることが多いのではないかと思いました。
本間住職は、自分がお坊さんだからと特別な何かを言おうとはせず、率直に人対人として向き合っているからこその意見なのかもしれません。

――好きな仏教の言葉を教えてください

「私の座右の銘は『無一物中無尽蔵』です」

無一物中無尽蔵(むいちもつちゅうむじんぞう) とは

禅語の言葉で「本来無一物(ほんらいむいちもつ)」があります。
「本来無一物」とは、人は本来何も持っておらず、すべての事物は本来「空」である、執着すべき物は何一つない、一切は「空」であることの意味です。
しかし、大人になると人は様々な物を手に入れていきます。
多くの物を手に入れれば、その手にした物を失いたくないという不安や執着が生まれます。
そのすべてを捨て、何事にもとらわれず、執着も欲もない心境になり、心に一物も無くなると、不安や余計な心配事がなくなるので心に余裕を持つことができます。
何も無いからこそ、今までは見えていなかった豊かさがそこに見出だせる。という意味です。

この言葉は、宋代随一の詩人であり優れた禅者でもあった蘇東坡が残したそうです。
茶室には「無一物中無尽蔵」の書の掛け軸が掛けられることもあり、茶道をたしなむ方はよく知る精神だそうです。
無一物中無尽蔵の心境に達することが出来たなら、その時どんなものが見えてくるのでしょう。
茶道をしなくても、お坊さんでなくても、人生において人々に共通の意義深い精神だと私は感じます。
本間住職は、「この言葉を自分が実践できているとは言えないが」といった前提に、教えてくださいました。本間住職のこういった姿が、無一物中無尽蔵の精神を表しているように私は思いました。
私も本間住職のように、無一物中無尽蔵の境地に近づいていくように、これから歳を重ねても、この精神を志す自分でありたいです。

――どんなお寺にしていきたいですか

「難しい質問ですね。(笑)
自分のできることは限られているので、出来ることをしっかりやっていきたいですね。そして、偉そうなことは言わない。
自分の姿を見てもらうことで教えられる様になればいいと思いますが、それは理想の姿であり、実際は私たち坊主は一生修行の身です。
そして、他の宗派とは歩く道は違いますが、大本の仏教の教えという目指す場所は皆同じです。
違う道を歩む者を批判することなく、私の歩む道を歩みたいです」

本間住職は取材に対し、現実を見る視点で、かつ現実的な意見を語ってくれるのです。
正直な語り口調であられる本間住職からは飾らないお坊さんという気持ちのいい人柄が垣間見えました。
裏話ですが、私の祖父のお葬式では本間住職にお経をお唱えいただきました。
本間住職の唱えるお経は、重厚さがあり、心に深く響くと私の親族の中で大好評で、私も大ファンです。


――お寺の好きなスポットを教えてください

【本間住職】
個人的には庫裏が好きですね。特に、この白い壁に良さを感じます。

【武田】
私は、山門から佛殿に続く道が好きです。


臨済宗妙心寺派 清白寺の御朱印

 


清白寺 ご案内

臨済宗妙心寺派 清白寺HP
TEL 0553-22-0829
住所 山梨県山梨市三ヶ所620
(ナビをセットする場合は「山梨県山梨市三ヶ所33-1」とセットしてください)