Vol.1|富山県 高岡市 シマタニ昇龍工房で「おりん」の深き音景色に沈む

Vol.1|富山県 高岡市 シマタニ昇龍工房で「おりん」の深き音景色に沈む

※本連載を初めて読まれる方は、よろしければ是非「Vol.0 自己紹介・はじめに」からお読みください。

 お寺の本堂や、家庭の仏壇で “音景色” をつくりだす仏具といえば「おりん」があります。お寺にあるような大きなサイズのものは、宗派によって磬子(けいす)・経金(きょうきん)・大金(だいきん)・平金(ひらきん)など呼び方は様々ですが、お経のはじまりなどに「ゴーン、ゴーン」と鳴らす、お椀状の金属製打楽器のことです。(本記事内では総称して「おりん」と表記します。)

 この音は、本堂ではお経の間の大事なアクセントとして身を引き締めてくれて、お仏壇で鳴らすおりんは「お参りしているよ」という合図のような役割として欠かせないものです。焼香のかおりとあわさると、なんともいえない落ち着きを感じさせてくれます。たった一音でも、清らかな音景色を広げることのできる、類まれなる仏具と言えます。

 富山県 高岡市にある「シマタニ昇龍工房」は、明治42年(1909年)創業。江戸時代より鍛金(たんきん)という手法でおりんを作ってきた本家を引き継ぎ、現在は4代目の島谷好徳さんが職人さんたちと共に工房を守られています。

 永平寺(福井)・總持寺(神奈川)・總持寺祖院(石川)・南禅寺(京都)・成田山(福岡)を始め、全国津々浦々の寺院におりんを納めているそうです。この記事をご覧になっている方も、菩提寺の住職さんにお願いしておりんを見せてもらってください。「昇龍」と刻まれていたら、それはシマタニ昇龍工房でつくられたおりんです。

 縁あって、おりんをつくっている工房を見学させていただけることになりました。せっかくなら、ということで富山県にお寺のある3人の「音好き」のお坊さんにお声がけしてみたところ、おふたりは既に4代目 島谷好徳さんとお友達であるとのこと。

 3人のお寺さんと島谷さん。そこに島谷さんとのご縁をつないでくれた津森絵理子さんと筆者(遠藤)が加わり、ワイワイと工房を楽しませていただきました。今回はその楽しさが伝わるように、座談会形式で「おりん」の奥深さをお届けします!

一緒に行ったお寺さんたち(五十音順)

飛鳥 寛静さん|富山県高岡市 浄土真宗本願寺派  善興寺
取材の日は、僧侶であり歌手の二階堂和美を招いての大法要を終えたばかり。「The LIVE 天人ともに」というライブイベントを主催。2022年は塩塚モエカ(羊文学)、蓮沼執太&ユザーンが出演。

畠山 美佳子さん|富山県黒部市 浄土真宗東本願寺派 専念寺
大学では音楽学を学び、ピアノや音楽理論を教える専門家の顔ももつお坊さん。シマタニ昇龍工房は初訪問で、おりんの音世界に興味津々。

雪山 俊隆さん|富山県黒部市 浄土真宗本願寺派 善巧寺
「お寺座LIVE」というライブイベントシリーズでは向井秀徳、七尾旅人、原田郁子、レイ・ハラカミなど多様なアーティストを迎え、毎回多くの来場者をお寺に集めた。現在は、日常の「定例法座」に注力中。

お寺さんも普段づかいしたくなる昇龍の小さなおりん

 工房についた一行はまず、玄関に備えられたおりんの展示ルームへ。新製品である小さなサイズ(三寸・口径約 9cmから)のおりんを試しに叩かせてもらいます。毎日、様々なサイズのおりんの音に親しんでいるお坊さんたちが感動するほどの透き通った音です。

 シマタニ昇龍工房ではこれまで、お寺に納めるような大きめサイズのおりんを中心につくってきたのですが、お寺以外での用途として例えば部屋で静かに過ごす時や、ヨガや坐禅や瞑想などのシーンで多くの方に昇龍の音を届けるため、小さなサイズのシリーズを用意したそう。

 小さくてもお寺さんが普段使いしたくなるような本物の音。こだわりのポイントは、鋳物ではなく、お寺さん向けのおりんと同じ用に真鍮(しんちゅう)を叩いてつくりあげる「鍛金」でつくっているということ。小さくて比較的安価でも、ちゃんと昇龍の音なのです。

 元々は真鍮のかたまりを金槌だけでたちあげてつくっていたそうです。現在は溶接の技術が使えるようになったので、3つの部材を繋いでつくるようになりました。その方が、安定的に良い音のおりんをつくれるのだそうです。

 島谷さんのそんなご説明から、話題はつくり方や素材の話に入っていきます。(ここから座談会形式でお届けします。)

おりんの素材の黄金比とは!?

津森 大陸から型で作られた鋳物の鳴り物が入ってきて、日本仏教でもそれを使い続けてもいいところを、敢えて素材を叩いてこういう響きを作るのだという思いを持って、職人さんたちと一緒に新しい音を作り上げていった当時のエネルギーがなんというか、すごいことですよね。それが日本の仏教独自の仏具になった。

島谷 鳴り物関係でいうと銅鑼(どら)や鐃鈸(にょうはち)もおりんと同じように、銅と亜鉛をあわせた真鍮を使います。一方、釣り鐘なんかは鋳物でつくるんですね。

雪山 素材の調合の割合でも音は変わってくるのですか?

島谷 素材はもう科学的に、銅と亜鉛が決まった割合で調合されています。

雪山 じゃあベストの割合はもうわかっていて、あらかじめ調合された素材を使うのですね。素材までは基本的には一緒で、そこからが職人の腕の見せ所。

津森 昔は銅と亜鉛を混ぜる工程からやっていたのですか?

島谷 昔は混ぜてたのでしょうね。良い比率になるように。

飛鳥 不純物がいっぱい入ってたかも。

雪山 それはキツイですね(笑)でも、どこかで誰かが黄金比率を決めたのでしょうね。それまでは調整が大変だったでしょう。

津森 チベットなど海外で使われている鳴り物も同じ素材なのですか?

島谷 わからないです。独特で。色んな金属が入っているほうが音がいいという話もあったり。真偽はわからないですが、、、。

雪山 日本人は音に拘る人が多かったのかも。

畠山 中国や韓国の雅楽でつかう(けい)と言ったかな、、、金属の板をたくさんぶら下げて音階みたいにして鳴らす楽器の音は聞いたことがありますけど、もっと雑音が多い感じですね。こちらのおりんの音は透き通っていて、音の波長(うねり)が感じられるのは確かに日本独特なのかもしれません。日本の様々な音楽の中で、金属楽器がこれだけ発展しているのは宗教の中でしかないのかも。

雪山 最初の頃はお坊さんたちにも、音の違いが分かる人が沢山いたのでしょうね。「このうねりをもうちょっとおさえて、、、」みたいな(笑)耳の肥えたお坊さんが、音に注文してきたりして。

畠山 喚鐘ともまた違いますよね。

雪山 あれは音が大きくて耳が痛いくらいですよね。こちらは、この繊細な音がお経を読む感じとリンクするから。

島谷 お寺さんと近い音なのかもしれませんね。

雪山 そうですよね。この音に続いて「帰命無量、、、」と入っていく。人の声とミックスされるところだから、そこにこだわりをもった昔のお坊さんたちが、、、

飛鳥 「これでいこう」ってね(笑)

一同 笑

ーー そうやって、使い手であるお坊さんと作り手である職人さんの試行錯誤によって少しづつ発展してきたのだと想像すると、なんだかすごく親しみが湧いてきますね。

 おりんとは、日本仏教独特の仏具であり楽器なのかもしれません。おりん成立の起源と経緯に、一同が思いを馳せました。

正しいか・正しくないか・どちらでもないか、調音の基準

 真鍮の部材を繋ぎ、炎を当てる焼き鈍し(やきなまし)を何度も繰り返しながらおりんを形作っていきます。音づくりの要となるのは「調音(ちょうおん)」という行程。

 昇龍のおりんを叩くと「甲・乙・聞」と呼ばれる3つの音が響くことがわかります。おりんを打った瞬間にでる「カーン」という音が「(かん)」。続く「ワーン、ワーン」という中域の音が「(おつ)」。そして最後まで鳴っている「モーーン、モーーン」という音が「(もん)」です。

 この3つの音の調和をとるために、叩いては聞き、叩いては聞きを繰り返すのが「調音」なのだそう。

畠山 なんと奥深いことか、、、驚きました。調音できるようになるまで何年くらいかかるのですか?

島谷 私で12年くらいかかりました。個人差はあると思いますが。最初の5年間くらいは、師匠の調音をただ聞いているだけなんです。

畠山 叩く時の強さ加減も影響しますよね?

島谷 それはあまり関係ないのですが、結局叩いて良くなったか悪くなったか変わらないかの3つしかないので、、、それが微妙にわからないんですよね。

津森 「正解」の音はあるのでしょうか?

島谷 サイズによって、正しい音の波長(うねり)があるんです。

畠山 それは、シマタニ昇龍工房さんとしての「正解」ということなんですか?

島谷 脈々とつながっているものがなんとなくあるんです。

雪山 目標とする音がないと近づけないですもんね。

島谷 そうですね。このサイズならこの波長(うねり)だなと、定まらないと調音はできないです。

畠山 じゃあ、まずはそれを知ることからですよね。

島谷 はい。よく「島谷さん絶対音感あるんですよね」と聞かれるのですが、残念ながら無いんです(笑)おりんに対してだけの特殊技術です。

一同 笑

飛鳥 その音がわかった時って、昨日まではわからなかったけど、その日になって急にわかったのですか?それともじわじわ、ですか?

島谷 じわじわ、ですね。

津森 わかったと思ったけど、わからなくなってしまったりもするのですか?

島谷 ありますよ。例えば一回正解をして、次も同じ感じで師匠に持ってったら「あれ少し足りなかったか、、、」みたいなことがありました。

津森 正しいか、正しくないか、どちらでもないか、という判断基準、自分の体感にあるもの自体が揺らいでしまってわからなくなることも?

島谷 今でもちょっと、わからなくなる時はあります。

津森 以前お話しを聞いた時に、毎朝お仕事を始める前に神様と仏様にお祈りをして、それで一番はじめになさるのが調音だとお聞きしました。やはり朝の研ぎ澄まされたような状態でなさるのがよいのでしょうか?

島谷 朝は耳が一番良い状態なんです。

畠山 それわかります。

島谷 うちのお仏壇には一番良い音の6寸のおりんがあって、それがなんとなく自分のキーになっているというか。その音は小さい時からずっと、朝に晩に聞いているので。

ーー 毎朝のお仏壇へのお参りで、その音を確認するのですね。

雪山 自分の感覚は多分変わりますから、いい音がしっかりと身に入っていて、それを基準としてどう近づけるかということですよね。

畠山 ご自宅の仏壇の6寸のおりんは、どなたが制作されたのですか?

島谷 それはうちの祖父が。

畠山 創業者であられる?

島谷 創業は曾祖父ですね。

畠山 二代目ということですね。初代の作品も残っているんですか?

島谷 残って無いですねえ、、、。

ーー でも、全国各地のどこかのお寺にはあるかもしれない

島谷 そういうことですね。

忙しい朝の本堂で、昇龍のおりんの音景色が広がる

 話題は道具のことへ。工房には金槌も木槌も本当にたくさん!四代にわたりずっと使い続けている道具もあるとか。昔は近くに鍛冶屋もあり、既製品はほとんどないのだそう。

 おりんを叩くためのバチ(正式には”ばい”または”りん棒”)にも工夫があるそうで。

雪山 島谷さんのところはオリジナルのバチがあるんです。

畠山 あ、紐が巻いてある。(叩き比べて)たしかに全然違いますね。

雪山 出音が耳に優しいというか、包んでくれている感じしますよね。

島谷 紐を巻いて、先端部分には重りをいれているんです。

飛鳥 重さのバランスを整えてあるんですね。

雪山 島谷さんの工房にうちの寺のバチを持参して初めて巻いてもらった時、それを本堂に置いてたら、お坊さん仲間が勝手に紐をといちゃったんです(笑)

畠山 といちゃう気持ち、わかるかも(笑)

雪山 おそらく紐を巻いていると少し音がこもるような感じがあって「あれ?」みたいな。

畠山 着物のしつけみたく思われたんですかね。「買ったばかりか、取っちゃえ」って(笑)

雪山 多分、普段の「カーン!」ていう強めの響きに慣れちゃって。

ーー 紐が撒いてあると「なんかパンチ足りないな」みたいなね(笑)

雪山 そうそうそう。しかし忙しい朝のお朝事は、その「カーン」みたいな勢いがいるんですよね(笑)

飛鳥 「カン!カーーン!!」みたいなね(笑)

一同 爆笑

雪山 島谷さん特製のバチで叩くと、品の良い音がしますよね。本当は忙しい朝でも、この音のテンションに自分の気持ちを寄せていかなきゃいけない。

畠山 本当ですねえ。

ーー こっちの音の方が、身が引き締まる感じがしますもんね。音に整えてもらう、みたいな。

雪山 朝は忙しくてどうしても心がバタバタになっちゃってるから(笑)この音を聴いて「あーーー」と落ち着くようなね。そういうのが必要。

飛鳥 そういうことですよね。仏様の方から、音を通じてこちらを整えてくれるという。仏具の役割。

畠山 大事ですよねえ。

雪山 それで、結局ここに行き着いたってのがいいですよね。

ーー 大事なことですよね。日々のおつとめの中でこういう音に向き合うということが。

雪山 そうなんですよ。やっぱ日常の朝って、この昇龍さんのおりんのような波長(うねり)のグルーヴになれないんですよね。

畠山 月参り行って、ご飯のあとどうする、、、とかね。その日のスケジュールの色んなことを考えてると、よくないですね(笑)

 最終的には、忙しい朝のお勤めには、シマタニ昇龍工房のおりんとバチ(ばい、りん棒)が必要!という結論に。

 翻って、お朝事を勤める役割のない私たちの暮らしにも、朝の耳に染み入る落ち着きの音、その日の耳のチューニングをしてくれるようなおりんがあるといいなと実感しました。一般家庭にも、お寺の本堂の音景色を広げてくれるような音。

 お坊さんたちも携帯用に欲しがっていたというシマタニ昇龍工房のあたらしい小さなおりんシリーズについて、詳しく知りたいという方はぜひWebサイトやInstagramをのぞいてみてください。

↓この投稿の2枚目の動画で小さいおりんを鳴らしています(音声はモバイル版のみ)
https://www.instagram.com/p/CtllxmBJZii/?igshid=NTc4MTIwNjQ2YQ==

シマタニ昇龍工房
Webサイト|http://syouryu.co.jp
Instagram|https://www.instagram.com/syouryu.official

第1回の「お寺さんの音景色」いかがでしたか?こんな調子で、特に結論のない音の探求を楽しんでいきたいと思います。また次回もお付き合いいただけたら嬉しいです。

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