ご利益寺を巡ろう!子授け祈願・安産祈願で有名な定林寺の歴史と魅力をご住職に聞きました

ご利益寺を巡ろう!子授け祈願・安産祈願で有名な定林寺の歴史と魅力をご住職に聞きました

こんにちは、山梨県ご利益寺巡りをしている、武田 紗嬉です。

まだまだ仏教ビギナーの私ですが、カメラとペンを相棒に、ご住職に聞いてきたお寺の魅力を発信します。
普段はなかなか知る機会のないお坊さんの生の意見と、私なりに感じたことを、綴ります。

第三回、ご利益寺を巡ろう! 国宝 清白寺の歴史と魅力をご住職に聞いてみました
こちらも是非ご覧くださいませ。

それでは第四回目、今回は山梨県笛吹市のお寺です。
日蓮宗 二子塚(ふたごづか)の慧光山 定林寺(えこうざん じょうりんじ)をご紹介します。


定林寺の歴史

定林寺は鎌倉時代、日蓮が開山(かいさん=寺院の創始者)、慧光房日林(えこうぼうにちりん)が開基(かいき=寺院の第一世)として創始されたお寺です。
その成り立ちは、日蓮の説法に感銘を受けた郷士早内左衛門が弟子となり、慧光房日林の法号(ほうごう=仏門に入った者に授ける名)を与えられ、自らの屋敷を寺に改め、慧光山 定林寺と号したことに始まります。


“安産寺”といわれる由縁、二子鬼子母神(ふたごきしぼじん)の逸話

古くから”安産寺”として親しまれてきた、子授け祈願・安産祈願の定林寺となった由来を紹介します。

鎌倉時代、日蓮は直弟子「日朗(にちろう)」「日向(にこう)」二人を従え甲斐国巡化(じゅんげ=諸国を巡って説法をし、人々を仏道に導く)の旅をしている際、この八代の里を訪れます。
野中の地蔵堂で宿をとったその夜、日蓮は闇の中、妖しい鬼火が立ち上がるのを見ました。
翌朝、日蓮は村人に事情を尋ね、地元の郷士早内左衛門は次のような因縁話を語りました。

平安末期、源平合戦 富士川の戦い(1180年)に敗れた平家のお姫様 白菊御前(平重盛の従妹)は、敗軍のため一門を離れて逃げ続け、この八代の里にたどり着きます。
しかし、懐妊していた白菊御前は、ある塚のほとりで力尽き、一児は死産、一児は胎内に残したまま自身もはかない最期をとげてしまいます。

甲斐源氏の地の村人達が敵方のお姫様や赤ちゃんを丁寧に葬るはずもなく、その塚のかたすみに埋めてしまってからは供養する者もなく年月が過ぎました。
いつしか塚には鬼火が燃え上がるようになり、村は災害や疫病に悩まされ続け、豊かだった村は年々廃れていってしまいました。

左衛門からこの因縁話を聞いた日蓮は、いまだに成仏できずにいる母子とその因縁に悩んでいるこの八代の里をいたく気の毒に思い、弟子二人と共に塚に安産の妙符(みょうふ=安産の薬)を供え、法華経を三日間読経しました。

その夜、日蓮は左衛門の屋敷に泊まりますが、夜中、枕元に一人の気高き婦人が二人の赤子を抱いて現れます。
婦人は法華経と妙符の功徳で無事に成仏・安産できたお礼を述べ、未来永劫この地にとどまり女人の守護神になると日蓮に誓います。
日蓮はおおいに喜び、婦人に二子鬼子母神(ふたごきしぼじん)の尊号を与えました。
※鬼子母神は法華経を弘める者を守護する神様で安産・子授けの神様とも言われています。


(画像は二子鬼子母神像。赤子を二人抱いています)

翌朝、日蓮はこの霊夢を村人に告げ、早内左衛門に二子鬼子母神の給仕を命じます。
そして早内左衛門は喜んで命を受け、日蓮の弟子となり慧光房日林の法号を与えられたのです。
これが、慧光山 定林寺の始まりの逸話です。


定林寺ご住職、川久保 光隆(かわくぼ こうりゅう)さんに聞いてみました

――どんな参拝客が来られますか

「お参りに来られる方のほとんどは、子授け祈願・安産祈願を目的にいらっしゃいます。
今は、昔よりもお産の医学が発達しましたから、比較すると子授け祈願の方が多いですね。
ご家族で来る方、お孫さんのほしいお父さんお母さんが来ることもあります。
しかし、できたらご夫婦二人でお参りされるのが理想です。是非ご夫婦でお越しください。」

定林寺の日本庭園は、華々しくも、お寺らしい落ち着きのある空間で、静かにのんびりしたい日のデートスポットにぴったりです。
夜になると、境内に建っている100基以上の灯篭が一斉に灯ることから、夜景が美しく「定林寺は大人が参拝するお寺だ」とも言われています。
そんな定林寺に、ご夫婦二人で、縁結び祈願のパワースポットもあるのでカップル二人でいらっしゃるのもいいかもしれませんね。
また川久保住職は、医学が発展することによって出産の安全性は向上したが、現代の”悩み”として子供が授かりにくい体質の方が増えているため、子授け祈願の方の増加に繋がっているのではないかという関係性も教えてくださいました。
“悩み”というものは、いつの世でも形を変えて私たちの前にあるのですね。

――どんなご利益がありますか

「定林寺は昔から”安産寺”として親しまれてきました。
ご利益は子授け祈願・安産祈願が主です。」

そんな定林寺の人気パワースポットを二つご紹介します。

子授けのパワースポット “子授け霊木”

子塚内にある椹(サワラ)の霊木の内部に入っている「子授けの石」を身につけていると、子授けのご利益があると言われています。
子宝に恵まれたい方々が全国より訪れており、なんと一番遠い場所だとアメリカだそうです。
その子授けの石は海を越え、その後まもなく無事懐妊され、子授けの石はまた海を渡り、定林寺に返ってきたそうです。

霊木の内部に入っている、”妙”と書かれている「子授け石」をお持ち帰りになり、できれば身につけていてください。
懐妊されたら、その石をそのまま元の場所(霊木の中)にお返しください。
そして、子授け石はご夫婦二人でお参りをし、お持ちいただくのが理想で、いつでも無料でお持ちいただけるそうです。
子授けの霊木まで続く「子授けの路」はご夫婦二人がちょうど並んで歩ける道幅になっていました。

縁結びのパワースポット “縁結びの榧(カヤ)”

この樹齢約七百年の榧の木には縁結びのご利益があります。
この木に触れながら好きな相手のことを想うと、二人は結ばれると言われています。

――住職として苦労する点はありますか

「住職は、仏教の布教とお寺の経営という二つの役目を担っています。
布教は奉仕であり、お寺の運営は経済活動です。
この二つはときに相反することもありますので、それに悩むことがあります。」

この二つのバランスをとっていくことは、お坊さんであれば共通の悩みの種だそうです。
世間では、お寺は存続の危機と言われています。
それは、少子高齢化・核家族化により、仏教を家庭内で伝えることが少なくなって、仏教離れと檀家さんの減少を引き起こしているためです。
もしも、お寺が無くなってしまうのなんて悲しいですし、私も黙って見過ごせない問題です。

「そしてもう一点、僧侶は仏教の教えを学び、その教えを伝えることによって、人びとを悩み、苦しみ、悲しみから救う使命を負っています。
仏の教えはとても素晴らしいものですが、僧侶自身が偉く素晴らしいわけではありません。
僧侶も、悟りへの道を人びとと一緒に修行している身であり、決して聖人君子ではないのです。
その認識が、世の方々と違うことに困惑することがあります」

川久保住職は「僧侶は仏教を学び、実践し、教えを伝える一般人です」とおっしゃいました。
私は、一体いつどこで影響を受けたのか「お坊さんはいつも岩山のてっぺんで修行しているのかな」という漠然としたイメージ像がありました(笑)
お葬式などでは、亡くなった方のご冥福を祈り、お経を唱えてくれるのもお坊さんだけですし、私たちが知らずのうちに特別視してしまうのも無理ない話なのかもしれませんね。
このような認識のズレは簡単に起こってしまいそうですし、私たちの感じないような葛藤もありそうです。

――好きな仏教の言葉を教えてください

“我身命を愛せず 但だ無上道を惜しむ”
(われ しんみょうをあいせず ただ むじょうどうをおしむ)

この言葉は日蓮宗の拠り所とする経典、法華経(ほけきょう)の一説です。
無上道(むじょうどう)とは、お釈迦様の最上の教えであり、悟りの境地をいいます。
それを実践し、世に弘めていくためならば、自分の肉体も命も惜しまないという意味です。
しかし、命が大事じゃないということではありません。日蓮は命は尊いものであると説きました。
「身命(しんみょう)を愛せず」というのは命を軽んずることではなく、つまらないことに一生を費やさず、私利私欲にとらわれず命の尊さを知り、その命を最大限有効に使うことをいいます。

この言葉が、川久保住職の仏道のはじまりであり、大事にし続けている言葉だそうです。
人によって大小はあれど、人間には欲や煩悩が付きものであり、それは時に自分を苦しめるものです。
だからこそ、執着や欲を手放すテーマである仏教の真理は、人生に役立つものとして、約2500年前から現代まで受け継がれてきたのかもしれません。
例えば、生きていくためにはお金が必要ですよね。
その必要な分のお金がないと、余裕はなくなり、利他(自分のできることを、必要としている人のために役立てようと思うこと)どころの話ではありません。
しかし、自らが充足したならば、その先に、利他的行為に自己実現の道を求める人間でありたいと感じました。

「我身命を愛せず 但だ無上道を惜しむ」
この言葉は、お坊さんだけでなく、私たちにとっても、日々の在り方を改めて振り返る機会をいただける言葉でもあるのかもしれません。

――どんなお寺にしていきたいですか

「お寺は生きている人がくる場所です。
人生を歩む中で、悩んだり苦しんだりした時に、”定林寺に行こうかな”と思い出してくれるようなお寺にしたいですね。
心をリセットしたい時、ふらっと気晴らしに寄っていただけるようなお寺が理想です。
そして、お寺や神社の空間は人々にとっていつまでも別格のものでありたいと思います。
他の場所とは別格であるからこそ、寺社仏閣は行くだけで、なぜか心が落ち着くのです。
自分は無宗教だと堂々と言う方がいますが、そういう方でも寺社仏閣を訪れるとなぜか心が落ち着くのではないでしょうか。
結婚式も挙げますし、寺社仏閣にいたずら書きをしようとする人は滅多にいませんよね。
実は、これらはみな宗教心というものです。
つまり無宗教なのではなく、今は特定の宗教を信じていないということであり、まだ自分の宗教心に気づいていないだけなのです」

心をリセットするには、もってこいのお寺ですが、お寺はたくさんありますよね。
その中で、本当に苦しい時、必要としてもらえるようなお寺にしたい、ということなのです。
特に、自分の宗教心に気づいていないだけというお話が、私には衝撃的でした。
川久保住職のこのお話に、ハッとされた方もいるのではないでしょうか。
私は、宗教心とは、特定の宗教の教えをよく知り、信じ、実践する人の心をいう印象がありました(恐らく、洋画から受けた影響です)。
しかし、それだけではないということなのです。
とあるお坊さんから「仏教の教えもっとを知りたいと思った時から、仏教徒です」と聞いたこともあります。

ところで、私は嫌なことがあった時はお寺に寄り、心を平穏にさせてから帰宅する習慣があります。
それは、お寺が静かだからだと自分では思っていました。
しかし、掘り下げてみると、日本で生きる過程の中で、宗教心が自然と身についていたのではないかと気づきました(無宗教だと言っていた頃が、恥ずかしいですね)。
みなさんは如何でしょうか?
無宗教だと思っている方も、ご自身をもう一度顧みると、何か大事なことに気づきがあるかもしれません。

――お寺の好きなスポットを教えてください

【川久保住職】
山門を入ってすぐの、五重塔、本堂に続く灯篭、縁結びの榧(カヤ)の周辺がお気に入りです。

【武田】
定林寺の日本庭園の中にある、古風な佇まいのあずまやの雰囲気が好きです。
17時を過ぎた頃に明かりが灯る瞬間が見れました。


日蓮宗 定林寺の御朱印


定林寺 ご案内

日蓮宗 定林寺HP
TEL 055-265-3705
住所 山梨県笛吹市八代町南747